世界を変えに
その日も、この村の王は自身の権力をひけらかしていた。
弱いものには強く出て、強いものには頭を下げる。
典型的な小物の王。小さな村の権力者は、自分の価値を求める。
「チッ、あのクソ兵士め。領主の兵士で無ければ、あんなにへりくだった態度をとることもないというのに」
ロストの村の村長、ガナスはそう言うと机の上にあった書類と向き合う。
権力を持ち、それを維持するためには最低限働かなくてはならない。
当たり前だが、村長にも村長の仕事があるのである。
今は、この村が収めた税の量やその在庫について纏めている最中であった。
「ねぇ貴方。また街に行きたいわ」
「えっ、またか?この前も行ったじゃないか」
「街で新しい服が作られたそうなの。それを買いに行きたいのよ」
そんな仕事をしている中、村長の妻であるレアルが部屋に入ってくる。
自分の醜さを隠すために濃く塗られた化粧。かつてのような美しさは既になく、そこにあるのは権力の味を知ってしまった怪物だけ。
しかし、惚れた弱みと言うべきか、ガナスは今も尚レアルの事をちゃんと愛していた。
その点だけは、彼を評価するに値するだろう。
だが、無条件の愛というのは場合によっては悪い方向へと働く。
レアルは権力の味を知り、権力を手放すことも出来ずこの村の実質的な王として君臨しているのだ。
「........分かった。来週までに手配しておこう」
「ありがとう!!愛しているわ貴方!!」
ガナスの言葉に喜び、後ろから抱きつくレアル。
ガナスは醜く歪んだレアルの顔を見ることは無かった。
「それにしても、あの糞ガキはそろそろ野垂れ死んでるのかしらね?」
「クソガキ?」
「あの忌々しい女の子よ。この村から追い出したでしょう?」
忌々しい女。つまり、ノワールの母。
ノワールの母は病弱な体を持っていたが、この村の誰よりも美しく男性人気の高い存在であった。
ただし、あまり社交的な性格ではなかった為に、村の女性達からは何かと目の敵にされていたが。
村で噂になっているとおり、かつてレアルはノワールの父に惚れ言い寄ったことがある。
そしてその結果も噂通りだ。
不倫しようとした事は村長の耳にも入っているが、彼は妻の話になると途端に弱腰になる。
未だにその噂の真実を確認する勇気は無かった。
ちなみに、ノワールの母はその女性陣達の嫌がらせによって体を壊し、父はその嫌がらせに耐えきれずどこかへと姿を消している。
ある意味、ノワールが両親を失ったのはこの村のせいなのだ。
「山の中で死んでるといいわね。骨でも拾ってあの女の墓にでも添えてあげようか?」
「冒険者に捜索させるか?」
「いいわね。私、グリーズも気に入らないのよ。折角こっちが恵んでやった依頼にケチをつけやがって」
冒険者ギルド。
街では欠かせない組織であるが、村という小さな組織の中では邪魔者として扱われがちな組織。
冒険者を守るための交渉を行い、それが原因で村と敵対するなんてことも珍しくはない。
この村も、そんな未来を辿ろうとしていた。
「母さん!!街に行くの?俺も行きたい!!」
「貴方はお父さんの仕事を手伝うのでしょう?そんな暇はないわよ」
夫婦がノワールのことを話していると、2人の子供であるリードが姿を現す。
彼は既に15歳。そろそろ村長の仕事を覚え、補佐ができるぐらいにはなってもらわないと困る時期だ。
しかし、彼はあまりにも甘やかされて育った為、教養が低い。
他の15歳の子供と比べても、肉体的な能力以外は大きく劣るのだ。
それでも、自分達の可愛い子供。
村長宅では、和やかな空気が流れ始める。
ドゴォォォン!!
史上最悪にして、数多くの命を奪ってきた殺人鬼が奏でる爆発音が鳴り響くその時までは。
【魔導書】
魔法陣が刻まれた本。基本的には魔法を後世に残すための書物として扱われるが、例外的にダンジョンで得られる魔導書は別物として扱われる。
ダンジョンで得られた魔導書は、魔力を流すことによってそこに刻まれている魔法を会得する事が可能。その多くは有用なものが多いが、中には自身に呪いをかけるものもあるので、ちゃんと鑑定してから使った方がいい。
村の最も大きな家が、爆発によって吹き飛ばされ炎に包まれていく。
時刻は夕方より少し進んだ頃。日が沈み、星々が天を照らし始めると同時に村の一部は大きく燃え始めた。
「既に仕掛けていたのか。良く見つからないな」
「どんな警備にも穴はあるものよ?それに、私の魔法は見つけられないもの」
「ところで、これこのまま燃え広がったりしないよな?」
「安心しなさい。あの炎は自然と燃え広がり大きくなっていくけれど、元となったのはわたしの魔法で私の魔力よ。消せるし、ある程度炎は操作できるわ」
なんて便利な魔法なんだ。俺にも教えてくれよ。
俺はそう思いながら、燃え落ちて行く村長の家を眺める。
今まで傲慢に生きてきたつけだ。死んで詫びろクソ野郎。
正直、村長一家に復讐したりする気は欠片もなかった。
面倒だし、そのために時間を割くのもアホらしい。だが、こうして世界最高峰の殺人鬼が代わりにやってくれるのであれば、やってもらう以外の選択肢はない。
面倒だからやらないだけであって、俺はやられた借りを返したくない訳じゃないのだ。
「今頃、炎の中で醜い争いが起きているわよ。この村を調べた感じ、あの一家は自分が可愛くて仕方がないタイプだからね」
「だろうな。特に村長婦人は今頃自分を優先して助けろって言ってるだろうよ。こんな炎の中に突っ込める奴がいたら驚きだが」
「叫び声が聞こえないのが残念ね。勇敢な心も持たない人の醜い部分を詰め合わせたかのようなやつを殺している時が、1番心地のいい悲鳴をあげてくれると言うのに」
「悪趣味だな」
「ウザイやつが苦しみながら死んでくれたら嬉しくないの?」
「........否定はしない」
「素直に認めちゃいなさいよ。可愛くないわねー」
エレノトはそう言うと、俺の後ろに回って抱きつく。
背中に柔らかい感触があるが、相手がつい先程まで殺し合いをしていた相手だけに何も感じない。
「どのぐらいで死ぬんだ?」
「多分もう死んでるわよ。殆ど燃えちゃったし。確実に殺すために今は念入りに焼いているのよ」
しばらくむらが燃える様子を見ていると、懐かしい顔が見えた。
遠すぎて顔を確認することは出来ないが、体型からしてわかる。あれはグリーズだな。
白髪が随分と増えている。六年であそこまで老いるとは。
そして、リアの姿も見えた。
今回はとくに関わることもなかったが、借りは返したぞ。
そして冒険者たちの姿も見える。
多分、俺がやったと思うだろう。あながち間違ってもないから否定できない。
「ん、終わりね。さて、ノワール行きましょうか。人類の愚かさをこの世界に知らしめる時よ」
「これで俺がお前の望むような人材じゃなかったらどうするつもりなんだ?」
「その時はその時よ。私は死なないから、何度だってやり直せる。また新しい指導者を探してみるわ。精々、私を失望させない事ね」
「期待すんなよ。俺はただの子供なんだからな」
「私を殺せるような子供は、ただの子供とは言わないわよ」
こうして、俺は自分ですら思いもしなかった道を歩むことになってしまった。
過去の借りを返そうと死に戻ったら、亜人種を導くための王になる為に旅を始めるだなんて誰が想像出来る?
しかも、旅の相手は殺人鬼だ。怖くて夜も眠れないよ。
「........はぁ。一体どうなるんだ俺の人生は」
俺はそう呟くと、人間との決別を決心するかのようにその村に背中向けて新たな人生の一歩を踏み出すのであった。
後書き。
これで一章は終わりです。
沢山のコメントありがとうございます。全部読んでるよ。
面白い‼︎続きが読みたい‼︎と思った方は是非★をよろしくお願いします‼︎
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