交渉成立


 相手が死なない体を手にしていた。


 不老不死。


 この世界にいる全ての権力者が欲するその力。


 決して老いることも無く、決して死ぬこともない御伽噺だけに出てくるような力。


 そんな机上の空論にすらならない馬鹿げた力を、この女は持っていた。


 相手がただ強いだけで死ににくいだけの存在であれば、俺も何度もやり直して殺しに行っただろう。


 しかし、相手は殺しても殺しても死なない存在なのだ。


 俺は死ねば世界が一日巻き戻るが、この女はそもそも死なないのである。


 無理だ。どう足掻いてもこの女を殺すことは出来ない。


 絶望が、俺の前に押し寄せてくる。


 どうしていつもこうなんだ。どうしていつも不幸なんだ。


 この世界に神が存在しているのであれば、そいつはきっと俺の事が死ぬほど嫌いなのだろう。


 神は人に試練を与えるなんて言うが、これは試練ではなくてただの虐めだ。


「んぐっ........」

「ちょっと、痛いじゃない」


 試しに指を噛みちぎろうとしてみるが、今回は1度殺された相手の為か本気で自分の体を強化しているらしい。


 僅かに血の味が口の中に広がるが、エレノトの指を噛みちぎるまでは行かなかった。


 死ねない。死んでやり直せない。


 いや、そもそも死んでやり直すようなことはもうないか。


 殺しても死なない化け物を、どうやって殺せるというのだ。


「ふふっ、そんなに怯えないで。べつに殺された事に関しては怒ってないの。むしろ、私が追い求めていた子に出会えて機嫌がいいぐらいよ」

「........」


 それはどういう意味なんだ?


 俺が無言で居ると、エレノトは一人で楽しそうに語り始めた。


 それは、この世界における亜人種と人間についての話である。


「本来私達よりも劣る人間風情が、どうしてこの世界の支配者のような顔をしていると思う?そう。偶然戦争に勝ったからよ。一度運良く勝っただけで、彼らは自分達を神のように扱っているの。笑えるでしょう?神なんてこの世界にいやしないのに」

「........」


 この村は閉鎖的すぎて亜人種が存在していないが、街ではよく見かける。


 俺が最初に力を手に入れ初めて死んだあの時、俺の心臓を突き刺したのは獣人の少年であった。


 彼の扱いは酷く、気まぐれに殴られ、蹴られ、弄ばれる。


 過去の戦争に負けたから、その子孫が代償を支払っているのだ。


 亜人種は人間よりも劣る言葉を話す家畜。


 それがこの世界における人間達の常識である。


 俺はリアの言葉によって疑問を抱くようになり、亜人種を下に見ることは無かったが、助けるような事もせず傍観者であった事から同罪と言えるだろう。


 何もしない、助けてくれないは、当事者にとって暴力とさほど変わらないのだ。


 似たような経験を、未来でも過去でもした事がある俺が言うんだから間違いない。


「私はね。亜人種達にこの世界を取り戻して欲しいの。輝かしい栄光とは言わずとも、またみんなが笑って安全に過ごせるような世界が欲しいのよ。しかも、今回は共通の敵がいる。団結するにはうってつけだとは思わない?」

「........」

「でもね。人間が自分達の過ちに気がつくためには、同じく人間がその間違いを正さないと行けないの。亜人達が勝手に団結して反旗を翻したとしても、それは歴史を繰り返しているだけに過ぎないわ」

「........」

「そこで、私は探し続けたの。亜人種に対して嫌悪感や見下すような態度を取らず、尚且つ亜人たちを導けるような人間を」


 それが俺だと?


 笑わせてくれる。俺はただの人間、それも、上ではなく下に立っている人間だ。


 王になるとか、亜人を導くとか、そう言うのは俺の役割じゃない。


 しかし、口に指が入っていて何も言えない。俺は、大人しくこの気持ちよさそうに話す演説を聞くしか無かった。


「貴方、亜人種をどう思ってる?」

「........ははへはひふはは?(話せないんだが?)」

「何言ってるのか分からないわよ。ちゃんと話して」


 無茶言うなよ。口に指を突っ込まれて綺麗に話せるわけないだろうが。


 俺は言葉が聞きたいなら指を退かせと言わんばかりに、指を何度も噛む。


 すると、エレノトはようやく自分のせいで話せないと気がついたのか、口から指を離した。


「で、亜人種のことをどう思っているのかしら?」

「特に何も。可哀想だなとは思って見てたな。だが、助けるようなことはしなかった。助ければ、俺もそっち側に行く。我が身は可愛いものだ」

「........本心ね。という事は、亜人種を導いても問題ないわね?」

「なんでそうなる?」

「亜人種を下に見ていない。そして、亜人達を救うふさわしい力がある。隠しても無駄よ?私にはあなたの力が分かってる。未来が見えていることがね」

「........?」


 未来が見えている?


 あぁ。死に戻った時に得た情報を頼りに戦っていたから、この時間軸のエレノトからしたら未来が見えているように見えたのか。


 ここまで自信満々に言っているのに、的外れすぎると笑えてくるな。


「........何が面白いのよ」

「いや。別に。ところで、俺に拒否権はあるのか?」

「そうやって質問している時点で分かっているでしょう?無いわよ。折角見つけた人材だもの」

「それは残念」


 俺はそう言うと、舌を噛みちぎろうと口を大きく開ける。


 舌は意外と噛み切りにくいのだ。思いっきりやらないと、何度も何度も噛み続けることになる。


 痛いし苦しいしでこの死に方はあまり好きじゃないんだけどね。だが、身体が抑えられている時の死に方はこれぐらいしか無いのである。


 勝てないのは分かったし、逃がす方向に舵を切るしかないのか。困ったな。村長を殺す以外に選択肢が無くなったぞ。


「もし、大人しく着いてきてくれるなら、この村は滅ぼさないであげるわよ?虚偽報告もしておいてあげる」

「........何?」


 舌を噛み切ろうとしたその時。悪魔が耳元で囁いた。


 途中から目的も忘れてこの殺人鬼を殺すことだけに執着していたが、本来の目的はリアやグリーズを生かす事である。


 要は、交渉で村の安全を確保するというやり方も有り得たのだ。


 犯人がこの女じゃなかったら、選択肢のひとつにあったかもな。


「貴方が私を殺そうとする理由なんて、ひとつしかない。あの村を守りたいのでしょう?壊さないであげる。だから、私と共にこの世界をぶち壊しに行かない?」

「........」


 悪魔のような提案。


 それ、結局村は滅びるのでは?


 もし俺が亜人種を纏めて戦争を起こしたとなれば、いつの日かこの村も巻き込まれることになるだろう。


 それをわかってて言ってんのかコイツは。


 しかし、今確実に村を破壊されずに済むというのも事実。いつの日か亡びる運命だったとしても、その猶予を引き伸ばせたとなれば1つ借りを返したとも言えるだろう。


 俺は、悩んだ末にひとつの答えを出した。


 もしこれが不正解だったとしても、この日まで死んでやり直せばいい。


 正解か不正解かは答えを見てからでも遅くはない。


 バツ印をつけられた後に、俺はまたやり直すことが出来るのだから。


 今は、自分が切り開いたひとつの未来を見てみるとしよう。


「1つ、条件を飲むならその提案に乗ってやる」

「あら、条件を言える立場だとでも思っているの?聞くだけなら聞いてあげるわよ?内容によってはお姉さんが叶えてあげる」

「俺は、恩には恩で、仇には仇で返すように心がけている。6年前に村長に冤罪をかけられて村を追い出されてな。その借りを返したい。依頼できるか?爆殺魔エレノト」

「報酬は?」

「この提案に乗ってやる」

「ふふっ、ふふふっ!!いいわよ。人の殺し方と絶望のさせ方を教えてあげる」


 取引成立。


 なんか釈然としない終わり方であったが、結果的に借りを返せることになるだろう。


 恩も、仇もな。

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