勝利


 爆殺魔エレノト。


 この世界で最も懸賞金の高い指名手配犯にして、竜人族と呼ばれる亜人種の一人。


 そんな彼女は二年ほど前にとある依頼を受け取っていた。


 それが、ロストと呼ばれる小さな村の破壊。


 組織に属している以上、エレノトもその指示に従う他ない。例え相手が気に食わない人間であろうとも、組織に残る為には必要なのだ。


 爆弾を仕掛けて適当に爆破するだけの仕事。たかが村に自分を脅かすような相手は存在せず、暇を持て余すと思っていた。つまらない仕事だと思っていた。


 しかし、彼女の前に現れた1人の少年。


 彼が、そんな暇でつまらない仕事を少しは楽しませてくれている。


「........また避けた」

「危ねぇ危ねぇ」


 ノワールと名乗った少年を捕まえるために伸ばした腕は、紙一重で避けられる。


 これで4度目だ。


 最初は偶然かもしれないと思っていたが、ここまで来るとそんな偶然はありえないと言うことに嫌でも気がつく。


 明らかに自分の動きを予知している。


 そこに来ると分かっていなければ、身体能力的に劣る少年が自分の手を避けられるはずもない。


(私が手を出すよりも先に回避行動を取っているわね。明らかにおかしいわ)


 エレノトが感じとった違和感。それは徐々に確信へと変わり、やがて未来予知のような能力を持っているのではないかと確信する。


 不自然すぎるのだ。


 エレノトの動きに合わせて避けるのはもちろん、その動きだしがあまりにも早い。


「ねぇ、私の動きが見えているの?」

「すごいだろ?」

「えぇとっても。まるで未来が見えているようね」

「........それはどうも。褒め言葉として受け取っておこう」


 山の中を走り回る中、エレノトは軽くカマを掛けてみる。


 ノワールは顔色一つ変えることは無かったが、エレノトはその鋭い勘でこれが真実であることを悟った。


 彼は未来が見えている。


 その確信めいたものをさらなる確信に変えるため、エレノトは再び手を伸ばした。


 その先にある未来と希望に向かって。


「ここ」

「........!!やるじゃない」


 エレノトが伸ばした腕。


 ノワールはその行動を分かっているかのように、近くにあった罠を自分で発動させる。


 その罠は先程も使った足を絡め取る罠。


 だが、今回はその使い方が違う。


 エレノトが手を出すタイミングに合わせて罠を使い、エレノトの手を絡め取ったのだ。


 幾ら化け物じみた肉体をしているとはいえど、意識の外からやってくる一撃には簡単に引っかかる。


 エレノトの右手は絡め取られ、伸ばした腕は上に引き上げられた。


「間違いない。私の動きが分かっているわね。でなければ、こんなタイミングよく罠を起動しないし、そもそもこんな場所に罠も仕掛けないわ」


 エレノトはそう言うと、罠を引きちぎりノワールを追い続ける。


 もしかしたら、彼が探し求めていた人材かもしれない。


 この世界は人間によって支配されている。過去の戦争に敗北した亜人種達は奴隷として虐げられ、今ではそこら辺の道具の方が価値があるとすら言われているのだ。


 傲慢にして強欲。


 偶然勝っただけでここまで我が物顔で大陸を支配するなどあってはならない。


 本来人間とは、慎ましく生きるべきなのである。


 心をなくした亜人達。彼らを解放する王が必要なのだ。


「絶対に捕まえてやるわよ」


 少年は人間だ。しかし、亜人種である自分を格上として認識し、挑戦者という立場を崩さない。


 亜人種だからと相手を侮っていない。むしろ、亜人種だからこそ警戒しているとも言える。


 彼は知っているのだ。亜人種が本来人間よりも優れているのを。


 彼は知っているのだ。亜人という種族を侮ってはならないと。


 彼は知っているのだ。亜人種は強き者達であると。


 自分に向けられた視線は決して見下すものでは無かった。人間ならば、亜人種を視界に入れただけで軽蔑する。


 彼にはそれが無い。例え子供であろうとも、亜人種の扱いはどんなものか分かっているというのに。


「面白くなってきたじゃない」


 ニィと笑ったエレノトは、ノワールの後を追う。


 暫くノワールを追いかけ、手を出し避けられてを繰り返していると、川の近くまでやってきていた。


「クソッ!!」

「あら、唯一の武器をそんな簡単に手放していいの?」


 そろそろ逃げきれないと悟ったのか、苦し紛れにナイフを放つノワール。


 エレノトはそのナイフを避けると罠が周囲に無いことを確認しながら、手を伸ばす。


 ようやく聞きたいことが聞ける。そして、この手が届く。


 しかし、目の前にいた少年はどこまでも未来を見ていた。


「落ちろ殺人鬼」

「へっ?」


 急激に襲いかかる浮遊感。


 急に地面が消え多様な感覚に陥り、エレノトは自分の足元を見る。


 無い。あるべきはずの大地が。


 かなり深く掘られた落とし穴。こんな典型的な罠にエレノトは引っかかったのである。


「ここまで誘導するのに何回やり直したと思ってんだ」

「ちょ!!」


 真っ逆さまに落ちるエレノト。


 彼女は慌てて魔法を使って飛び上がろうとするが、ノワールがそれを許すはずもない。


「穴が空いたら蓋をしないとな?」

「はぁ?!岩?!」


 どこから持ってきたのか、穴にすっぽりと入ってきたのは巨大な岩であった。


 空を飛び上がるために魔法を準備していたエレノトは、あまりなも予想外すぎるものの出現に反応が遅れ、岩に思いっきりぶつかる。


 そして、そのまま穴の底に叩きつけられた。


「........流石にこれで生きてたら、もう無理だな。それは最早生物ですらねぇよ」


 ノワールは岩の入った穴を眺めると、そう呟くのであった。




【鉄級冒険者】

 別名、見習い冒険者。誰もが通る道であり、冒険者として最初に与えられる階級。

 鉄級冒険者は見習い、銅級冒険者から一人前と言う風潮がある。




 長かった。


 本当に長かった。


 爆殺魔エレノトを殺す為だけに6歳の頃まで戻り、そして何度も巻き戻りながら試行錯誤を重ねること凡そ半年分。


 ついに、この長い長い戦いに決着が着いたのである。


 ナイフで突き刺すのは無理。弓矢も意味が無い。


 ならどうやって殺すのか?


 そこで思いついたのが、巨大岩で押し潰して殺すである。


 山の中を散策している時に偶然見つけた若干丸っこい岩を削り取り、その岩がちゃんと入るだけの落とし穴を作り、そこまで誘導するのである。


 投げたナイフは罠を起動させるための導火線を着火する為のもの。


 苦し紛れに投げたような演技をしてみたが、上手く引っかかってくれたようで何よりだ。


 ちなみに、ちゃんと罠が作動して死ねるかは自分の体で検証した。


 死に戻れる体のため、罠がちゃんと相手を殺せるのかという実験を自分で行えるのは明確な利点と言えるだろう。


 ........いや、そんな利点は欲しくないんだけどね?


「これで村は焼かれないし、リアやグリーズ達も安泰か。村長家族だけは殺してやりたい気持ちもあるが........もうどうでもいいか。六年と半年近くも関わりがなかったから、もうどうでもいいし」


 人の恨みとはそう長く続かない。


 村から追い出されたということに関しては未だにイラッとする点もあるが、別にだからと言って今更殺す気にもなれなかった。


 殺すリスクが高いというのもある。


 村に忍び込んで殺すだけのリスクを犯すなら、サッサとこの村からおさらばした方がいい。


 リアやグリーズにも借りは返したしな。


「あー........疲れた。今日は気持ちよく寝られそうだな」


 自分よりも格上に勝った。


 その事実が嬉しく、俺は久しく忘れていた勝利の喜びを噛み締めながら拠点に戻るのであった。


 この時はまだ、喜べていた。

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