三度目の邂逅


 二度目のエレノトとの戦いから一週間が経過した。


 今日、奴と殺し合う。


 正直、この一回で勝てるとは思っていない。罠が不発に終わることも珍しくないし、そもそも罠そのものを無効化される可能性だってある。


 死んで戻ってやり直す前提の勝負だ。


 勝つまでやったら俺の勝ち。


 そんな理不尽な勝負を俺はあの爆殺魔に仕掛けるのである。


 何度倒れようが、最後に立っていた方の勝ち。そして俺は倒れない。


「出てきなさいよ。さっきからずっと追いかけているのは分かっているわよ」

「........」


 二度目の時と一言一句変わらないセリフ。


 今回も一応不意打ちができるかもと思って、本気で気配を消していたはずなんだがな。


 やはり、俺自身が不意打ちをするのは難しいか。


「あら、随分と可愛らしい子が私を追ってきていたのね。どうしたの僕ぅ?迷子かな?」

「二回目となるとその綺麗な顔がよく見えるな」

「ん?口説かれてる私?」

「口説いてると言ったら?」

「残念だけど、丁重にお断りさせてもらうわ。ごめんね?」

「安心しろ。冗談だ。血の匂いが濃く残るやつを誰が口説くかよ。爆殺魔エレノト」

「なんだかバカにされた気分ねー」


 以前と同じ会話を繰り返しても面白くない。


 俺は取り敢えず適当な言葉を並べておいた。


 ちなみに、綺麗な顔をしていると言ったのは本心だ。事実、傾国の美女と言われても俺は信じるだろう。


 その不気味につり上がった口角がなければの話だが。


「村を焼くんだろ。ほら、俺は止める側だ。サッサとやるぞ」

「ちょっと待ちなさいよ。何を言っているのかさっぱりだわ」

「俺は冒険者。お前は賞金首。それで十分だろ?」

「なるほど、それは分かりやすいわね。でも、私を殺せるとでも思っているのかしら?」


 思ってないさ。既に二回敗北していると言うのに。


 俺は口にその言葉を出すことはせず、ナイフを構える。


 対するエレノトは、相変わらずニヤニヤと不気味な笑みを浮かべながら俺の出方を待っていた。


 絶対に先手を譲ってくれるのは有難い。お陰で、作戦通りにやれそうだ。


「死ね」


 初手、突き刺し。


 3度目ともなれば違う手を使うのもありだが、エレノトからすればこれが俺との初めての戦闘。


 避け方が分かっている分、俺の方が有利なので会えて同じ方法で攻撃を繰り出す。


「元気がいいわね。子供はそうでなくっちゃ」


 紙一重の所で避けられる。


 これは想定済み。そして、避ける方向も想定済みだ。


 俺はナイフを逆手に持ち帰ると、続けざまにエレノトに向かってナイスを振ろうとする。


 しかし、これも同じように片手で受け止められる。


 が、ここからは違う。


 楽に接近させてもらったお礼だ。受け取ってくれよ。


「喰らえ」

「お?」


 受け止められた手を離して俺から距離をとるよりも、俺が体ごとぶつかりに行く方が早い。


 俺は全体重をエレノトにかけると、無理やりエレノトを動かす。


 二回やって分かったが、こいつはとにかく油断する。


 俺を格下に見ているから、多少の攻撃は食らっても問題ないとすら思っていそうだ。


 だからこそ、このやり方が通じる。


 俺の体重に押されたエレノトが、一歩下がる。そしてそこには、俺が仕掛けた罠が用意されていた。


 パキッと木の棒をへし折ると、罠が動作する。


 弓の弦を止めていた部分が外れ、木々の奥から矢が射出された。


 狙いは脳天。上手くつき刺されば、確実に殺せる。


 たとえ殺せずとも、負傷させることが出来るだろう。魔法はその個人によって耐性がある。しかし、物理的攻撃なら........


 少しぐらいは傷をつけられる。


 そう思っていた。


「あら、危ないじゃない」

「んなっ!!」


 俺の体重を受け止めつつ、エレノトは首を横に曲げて矢を躱す。


 なんて鋭い感覚を持ってんだこいつ。殺意もない罠によって発動させられた矢を、当たり前のように避けやがった!!


「罠を仕掛けてあったのね。でも、こんなちゃちな玩具じゃ私をとらえるのは無理よ?まだボクちゃんが振るったナイフの方がセンスがあるわ」

「むぐっ」


 一撃を避けられた。ならば離れて次の仕掛けを作動させるように動かなければならない。


 しかし、エレノトはそれを許さなかった。


 素早く俺からナイフを取り上げると、俺が抵抗できないようにきつく抱きしめる。


 背中に柔らかいものが当たっている気がしたが、それどころでは無かった。


 まるで動けない。力が強すぎる........!!


「子供にしてはかなり鍛えられているわね。魔力の使い方も理解しているみたいだし、中々の逸材じゃない」

「はな........せ!!」

「んー、どうしよっかなー。可愛く“放してください”って言ってくれたら考えてあげないでもないわよ?」


 それは放してやるつもりは無いって意味だろうが。


 クソッ、全く身動きが取れねぇ。


 この筋肉ダルマが。なんて腕力をしてるんだ。


「ほら、“放してください。エレノトお姉ちゃん”は?」

「くたばれクソババァ。お姉ちゃんとか言って若作りしてんじゃねぇ────うぐっ!!」

「........口には気をつけなさいよ?その気になれば、肋骨全部へし折ってあなたを殺すこともできるんだからね?」

「爺さんになった冒険者が“子供の頃からこの手配書はある”って言ってたんだ。少なくともお前は─────ごはっ!!」


 ボキッと、肋骨の幾つかがへし折れた音が聞こえる。


 やばい、呼吸ができない。骨の折れ方が悪かったかも。


「ゴホッ........」

「子供とはいえど、女性の年齢に関する話をしたらダメなのよ?本人が望む扱いをしてあげないと。それと、長寿種の中では若い方よ」

「ゴホッ、気に、してんじゃ、ねーか。この、クソババァ」

「はぁ。口が悪いったらありゃしないわね。生き残る最後のチャンスを棒に振ったと理解してないの?」

「生憎、化け物の、年齢を、聞くなとは、教わって、ない」

「そう。なら死になさい。来世では女性の年齢については聞かない事ね」


 スっと拘束感が無くなったと思ったその瞬間、俺の体が吹き飛ばされる。


 悲鳴をあげたりする暇もなかった。


 体は木に叩きつけられ、口から血がドバドバと流れ落ちる。


 痛い。苦しい。


 俺は一つこの時代に戻ってくる過程でちょっとした特技を手に入れた。


 それは、自分があとどのぐらいで死ぬかと言うことが分かってしまうのだ。


 手の感触がなくなったり、意識が朦朧とし始めたり、呼吸の仕方で自分の死がどこまで迫っているのかが分かる。


 持ってあと数十秒。


 早ければ、10秒以内に意識が途絶えるな。


「残念。結構可愛い子だったのに。ちょっと生意気すぎて力が入りすぎたわね」


 どの口が言ってんだこの筋肉ダルマが。


 力を入れすぎて肋骨がへし折れるとか聞いたことがないぞ。と言うから抱きいただけで人を殺せるとか、本当に化け物だな。


「チッ、気分が悪い。殺すんじゃなかった。ボクちゃん、墓は建ててあげるわよ。お供え物は何がいい?」

「........」


 ダメだ声が出ない。


 喉から出てくるのは声ではなく血。山の土が赤く染まり、徐々に俺の周りを赤く染めていく。


 何度も見た光景だが、何故か俺は新鮮さを感じていた。


 多分、自殺しすぎた他殺される事に新鮮さを感じているのだろう。


 俺も大概化け物じみている。死にゆく間際に“この死に方は久々だな”とか思いつつ、次の罠をどうしようか考えているのだから。


 目元が霞んでくる。


 そろそろ終わりだな。


「ま、寂しくないように村人達はそっちに送ってあげるわ」


 要らねぇよ。


 それと、墓に添えるならお前の死体を添えてくれ。


 俺はそう思いながら、静かに目を閉じるのであった。


 3度目。敗北。

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