下準備


 爆殺魔エレノトとの格の違いを嫌という程理解させられた俺は、自分の舌を噛みちぎって自殺する。


 舌を噛みちぎって死んでいく中、相手のことが理解できず困惑した顔を浮かべたエレノトは少し面白かった。


 そりゃ、喧嘩を売られ軽くあしらっていたら目の前で自殺されるんだから困惑もするわな。


 いい気味だ。次は殺す。


 そんな訳で一日前に巻き戻ってきた俺は、目を覚ますと同時にナイフを首に突き立てた。


 とりあえず準備に1週間ぐらいはかかるだろうから、あと六回死ねばいいか。


 死にすぎた弊害で既に壊れた精神。俺は自分にナイフを向けることに恐怖心を覚えることは無くなっていた。


 はい。ザクザクザクと。


 エレノトと出会う1週間前に戻ってきた俺は、早速行動を始める。


 1週間後、あのであった場所に多くの仕掛けを仕込んでおく。


 後は何度も死にながら殺せるまで挑めばいい。


 時として、最弱の魔物ゴブリンが竜を殺すこともあるのだ。


 ほぼゼロに近い確率とは言えど、ゼロではない。


 その奇跡の一筋を引くまで、俺はとにかくあがき続けるのである。


「リアやグリーズの為とか、そう言う云々の前に普通に悔しいしな。勝つまでやってやる」


 何度もやり直せると言うのは、とても素晴らしいと言えるだろう。


 特に自分の命を落としてもいいと言うのが素晴らしい。


 死のうが何度もやり直せる。勝つまで、俺が満足するまで。


 やり直せると言う手札が、久しく忘れていた“悔しさ”という感情を呼び起こす。


 俺は既に村とかそういうのはどうでも良くて、あの化け物に勝って見たくなっていたのだ。


「死ぬ事で得られる感情もあるんだな。もう悔しさなんて感じることは無いと思ってた」


 俺はそう言うと、早速下準備に入る。


 あの化け物をどうやって殺せるのか。とりあえず思いついた方法は全部試してみよう。


 1週間先の未来で戦った場所に移動した俺は、先ず弓矢を用意することにした。


 踏むことによって起動する罠。死角からの一撃に使えれば、少しはダメージを与えられるかもしれない。


 あとは、相手の動きを制限するような罠も仕掛けておくとしよう。


 俺は剣や魔法の才能があまりないが、唯一手先の器用さだけは自信を持っている。


 冒険者としての価値を見出す為に獲得したその才能と知識は、例え時間が巻き戻ろうとも失われるものでは無い。


 さらには魔法まで使えるようになったおかげで、魔力を用いた罠まで作ることが出来る。


 素材集めが少し面倒だが、一応確保はできるしな。


「........今まで生きてきた人生の中で、今がいちばん楽しいかもな。戻る前は生きることに必死だったし、戻った後はとにかく鍛えてただけだし」


 物作りは好きな方だ。


 そして、とにかく頭を使って相手を殺す方法を考え、頭の中で相手との動きをイメージしながら罠を張るのは想像以上に楽しい。


 多分、今まで生きてきた人生の中で最も楽しい瞬間かもしれない。


 これが終わったら、もっと楽しいことを求めて旅をするのも悪くないかもな。


 英雄になりたい訳じゃない。誰かの為に身を粉にして働きたい訳でも無い。


 ただ、自分が楽しめるような何かを探して、そんな旅も悪くない。


「よし、ここはこれで問題ないな。一応動作確認だけしておいて........」


 草に隠れた罠を起動させると、少し離れた場所から矢が飛んでくる。


 鉄なんて高級品を俺が持っているわけが無いので、鏃はゴブリンの牙だ。


 これで傷一つ付かなかったら、その時考えよう。


「後は........これも作ってみるか。これも面白そうだな」


 こうして、試行錯誤の1週間はあっという間に過ぎていく。


 俺は、今までの人生の中でいちばん楽しい時間を過ごしたと言えるだろう。


 そう思うぐらいには、面白かった。




【竜人族】

 別名、ドラゴニュート。竜の末裔と言われている種族であり、亜人種。二本の角と爬虫類のような尻尾が特徴的であり、その強さは人間を軽々と引き裂くほど。肉体、魔法共に優れた種族ではあるのだが古い価値観を持った者が多く、表舞台に全く出てこない。

 人間の奴隷となっていない数少ない種族(そもそもエレノト以外に竜人族が確認されていない)。




 爆殺魔エレノト。彼女は仕事のためにロストという村へと足を運んでいた。


 こんな田舎の村を滅ぼすのになぜ自分の力が必要なのかと疑問を持ったが、あの時暇をしていたのは自分だけであったことを思い出す。


 少しは忙しい振りでもしておくべきであったと軽く後悔したエレノトは、持ち前の潜伏力で村の近くで監視を続けていた。


「ふぅん。典型的な村長が権力を持った村ね」


 村長が村を歩き、それに向かって頭を下げる農民。


 この一連の流れを見ただけで、大体のことは分かる。


 特に、村長の隣にいる女。


 アレは、権力の美酒を知ってしまった人間の成れの果てだ。


 自分に頭を下げるのが当然だという態度をしており、明らかに農民を見下している。


 自分がその見下している存在によって生かされているという事を忘れ、自分が神にでもなったかのように振る舞うのだ。


「不吉な予感をもたらす奴がどこにいるのかと思って見に来たけど、それらしい人間はまるで見つからないわね。あのババァの予言も衰えたのかしら?」


 甚だ不愉快な光景は目に映るものの、予言を表すような人は居ない。


 エレノトは予言をした老婆も衰えたのかと思いながら、村の様子を見続けた。


「あそこが村長の家のようね。あそこは中を壊さないように周囲を囲む爆破で家を燃やしてやろうかしら?そうすれば、炎に囲まれて自分の死をひしひしと噛み締めてくれるわよね?」


 エレノトは人間が好きではない。


 亜人種として生まれたのならば、人間を好きになるなんてことはまず無いだろう。


 偶然戦争に勝ってしまっただけで、ここまで世界の支配者として振る舞えるその面の皮の厚さだけは見習いたいものだ。


「あの可愛げのないガキが村長の息子ね。情けない。いい歳をした大人が子供の言いなりだなんて。親の脛を齧っているだけのガキになんで頭なんか下げるのよ」


 エレノトは遥か昔のことを思い出して嫌そうな顔をする。


 竜人族の村。あそこは、エレノトにとって記憶から消し去りた場所だ。


「はぁ、仕込みだけして綺麗に吹き飛ばしてあげるとしましょう。それまでは山の中での生活になるわね。塩を持ってきてよかったわ。生臭い肉は、あまり好みじゃないのよ」


 この村に価値は無い。


 エレノトはそう判断すると、つまらなさそうにため息をついてその場を後にする。


 下準備は1週間もあれば終わるだろう。


 今日の夜には村に入り込んで、村長宅に仕込みをするつもりだ。


「何か面白いことでも起きないかしらね?こうも同じ仕事ばかりだとつまらないわ」


 エレノトはそう呟くと、親指サイズの石ころを拾い上げる。


 そして、無造作にそれを山の奥に投げた。


 パン!!


 数秒後、小さな爆発音が鳴り響きエレノトがそこへと向かうと、そこには頭を弾き飛ばされた鹿の死体が転がっていた。


「今日のご飯はこれでいいわね。全部焼いて明日の朝の分までありそうだわ」


 幾ら史上最悪の殺人鬼だとしても、生物である以上は腹が減る。


 エレノトはできる限り目立たない場所で火を起こすと、鹿の肉に塩を振って食べるのであった。


 この時はつまらない仕事だと思っていた。


 しかし、この日から2日後、彼女の前に現れた1人の少年がこの仕事を楽しくしてくれる。


「暇ね........誰か連れてくるべきだったかしら?話し相手ぐらいは欲しいわね」


 当たり前だが、エレノトはその事をまだ知らない。

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