また来週
六年ぶり、二度目の邂逅。
爆殺魔エレノトと対峙した俺は、静かに腰を落としてナイフを構える。
ここで勝てるとは思っていない。
俺でも殺せるような相手が、世界最悪の殺人鬼として知られるようなことは無いからだ。
「ほら、かかってきなさい。遊んであげるわ」
クイクイと、手招きするエレノト。
明らかにこちらを見下したその視線。しかし、その目は俺から逸らされる事は無い。
しっかりと俺の目を見ていた。
俺は少しでも差を埋めるべく、全身に魔力を纏う。
身体強化と呼ばれる魔法。その名の通り、自身の肉体を大幅に強化する事が出来る。
冒険者となったらぜひ覚えたい魔法のひとつであり、この魔法1つを極めるだけで信じられないほどの強さを得るらしい。
世界最高峰のミスリル冒険者の一人がその力の使い手であり、空気中に拳を突き出すだけで山が消えるとか何とか。
もちろん、俺がそんな化け物じみた力を手にする事は出来ない。だが、少しは肉体的な差が埋められるはずだ。
「へぇ。その年で魔法が使えるのね。誰に教わったの?」
「答えてやる義理はない」
「それは残念」
地面を踏み切り、エレノトに向かってナイフを突き立てる。
視線と動きでフェイントを掛けつつ、先ずは足を狙った。
「おっと、危ないわね」
しかし、簡単に避けられる。
俺とエレノトの間にある実力の差は、かなり大きい。
これは分かっていたことだ。別に落ち込む必要は無い。
ワザと紙一重で避けられているのも同じだが、一つだけ違う点がある。
以前よりも、本気で避けていた。
この女からすれば遊び程度でしかないのは間違いないが、それでも6年前の時と比べて避ける動きが早かった。
それだけで、俺が成長していることが分かる。
俺は前回と同じようにナイフを逆手に持つと、そのまま足にナイフをつきさそうとする。
が、その動きはエレノトによって片手で止められた。
「危ないじゃない」
「心にもないことを」
無理矢理ねじ込めないかと思い、力を込めるがまるで動かない。
向こうは軽々と俺の腕を抑えているだけだと言うのに、俺のナイフがその場から動くことは無かった。
結構鍛えたのだが、子供の肉体と言うのもあって力の差も出てくるか。
仕方がないわな。
俺はそう思いながらナイフを手放し、空いた手でナイフを掴む。
今回はナイフを取り上げられるようなことは無かった。
「シッ!!」
「おー、やるわね。子供にしては戦闘慣れしてるじゃない........一応聞いておくんだけど、貴方子供よね?実は30過ぎの超童顔なオッサンとか言わないわよね?」
「俺は12だ。それはさすがに失礼すぎやしないか?」
「いやー、世の中変な見た目や変わった見た目のやつは多いのよ?もしかしたら有り得るかもと思って。ごめんなさい。流石に失礼過ぎたわね」
その言い方だと、30過ぎでも子供にしか見えない奴がいたということになるのだが?
ドワーフとかそっち系の話か?人間は老いが早いから、子供と大人の見分けは付きやすいと思うんだが。
ちょっと気になる話をされつつも、俺は攻め続ける。
ナイフを持ち替えての攻撃。
エレノトはその一撃を避けるために俺の手を離し、振り出しに戻った。
「子供にしてはやるじゃない。満足したならここら辺でやめておいたら?実力の差は感じ取れたでしょう?」
「最初からそれは分かってるんだよ。悪いが、引くようなことはしない」
「ガキのくせして格好つけちゃって。命は一つしかないんだから大切にしなさいと親に教わらなかったのかしら?」
「俺が物心着いた時には親は死んでた」
「........そう。配慮にかける発言だったわね」
殺人鬼とは言えど、相手の親が既に死んでいたら気まずいらしい。
お前はそんな人を大量に生み出してきた癖に、よくもまぁそんな顔ができるものだ。
俺は近くに落ちていた手のひらサイズの石を拾い上げると、エレノトに向かって投擲。
それと同時に、突っ込んだ。
「当たらないわよ。遅いし、掴めるわ」
「それは分かってる」
再びナイフを突き立てるが、やはり避けられる。
相手が反撃をしてきたら既に終わっているが、エレノトは未だに防御に徹していた。
そういえば、以前も俺が疲れ切るまで遊んでたなこいつ。
「少しは学びなさいよ」
「学んではいるさ。ファイヤーボール」
どうせ紙一重で避けるんだろ?
そう思った俺は、あえて一撃を避けさつつ死角から魔法を放つ。
ファイヤーボール。炎の球を打ち出す魔法であり、攻撃魔法の代表的な存在とも言える基礎を学ぶ魔法だ。
もちろん戦闘で活躍してくれる魔法であり、貴重な遠距離攻撃の手段となる。
エレノトから見えない一撃。しかし、彼女はそれを予期していたのか魔法を放った瞬間口元が笑っていた。
ゴゥ!!
炎がエレノトに直撃する。
これで多少なりともダメージは入っただろ。かすり傷程度にもならない、精々軽く叩かれた程度だろうが。
しかし、俺はこの化け物を見誤っていた。
彼女は竜人族と呼ばれる亜人種であり、ドラゴンの末裔とも言われる種族からして理不尽な存在であった事を。
「暖かいじゃない。お腹が冷えていたから助かるわ」
「チッ、少しは痛がれよ」
無傷なのは理解していた。しかし、“暖かい”と言われるとは思ってなかった。
この女にとって、俺の放った全力の炎は沸騰したお湯にも劣るらしい。
と、ここで遂にエレノトが反撃に出る。
「ほい」
「コヒュ........!!」
腹に大きな衝撃が走ったかと思ったその瞬間、俺は地面を転がり木に激突する。
急所を攻撃された訳でもないのに、息ができない。
それはあまりにも苦しかった。
「ゴホッ........!!」
「ん、かなり加減したはずなんだけど、やりすぎちゃったかしら?大丈夫?」
「ゴホッゴホッ!!」
「あぁ、可愛い顔が台無しになっちゃってるじゃない。そんな涙とヨダレを垂らした顔は似合わないわよ」
あークソ。痛え。
死ぬよりはマシだが、だからと言って痛いことに変わりはない。
苦しみにも慣れているが、だからといって苦しくない訳では無い。
完全に受ける準備をしなかった俺が悪い。相手の慈悲に甘えて攻撃が来ると思ってなかった。
「えーと、こういう時は背中をさすってあげるといいんだっけ?ほら、大丈夫よ。痛くなーい痛くなーい」
ちょっとやりすぎたとでも思ったのか、エレノトは俺の近くにまで来るとしゃがんで背中を優しくさする。
相手を煽ることに関しては一流だなこいつ。自分で蹴り飛ばしておきながら、何が痛くないだ。
しかし、これはチャンスだ。相手は俺が痛みに震えて動けないと思っている。
この瞬間に、ナイフのひとつでも突き刺してやれば........
「グッ!!」
「ほら、大人しくしてなさい」
ナイフを振り回そうとしたその瞬間、腕を押さえつけられる。
そして、当たり前のようにナイフを取り上げられた。
完全に遊ばれている。分かってはいたが、実力の差があまりにも激しい。
「ほら、お姉さんが優しく看病してあげてるんだから、甘えておきなさい」
「ゴホッ、どの口が言ってんだ。こうなったのは、お前が原因だろ」
「やりすぎたと思ってるからこうしてるのよ?私は子供に優しいんだから」
「そう思うなら、子供の願いの一つでも聞いて欲しいもんだがな」
「仕事じゃなければ聞いてあげるわよ?仕事じゃなければ」
つまり、村は消すと言っているわけだ。
クソが。そもそも子供に優しいやつは子供に攻撃を加えたりしないんだよ。
だが、一撃を与えてやれたのは事実。以前のようにかすりもしない攻撃を振り回すだけではなかった。
「来週、また会おう」
「........は?」
後は相手を殺せる手段を用意するだけでいい。
それが分かっただけでも大きな進歩だ。
俺はそう思いながら、自分の舌を噛み切って死ぬのであった。
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