所詮人なんて
冒険者となってから三ヶ月ほどが経過したある日。
突如としてそれは訪れた。
早朝に目覚め、金を稼ぎつつその日の食料を得る。そして、あの日に向けて身体を鍛え、あの殺人鬼とやり合うための下準備をする。
冒険者達ともそれなりに仲良くなり、そろそろ村人達との交流も深めて行こうかと思ったその日、俺の家をノックもせずに開いた輩がいた。
「ノワールだな?お前に窃盗の容疑が掛けられている。来てもらおう」
「........はい?」
扉を開いたのは、この村の衛兵を務めている人物であった。
関わりがほとんどないので名前も分からないが、村の警備の為に色々としていたはずである。
そんな彼が、なぜ俺の家に?しかも、窃盗の容疑だと?
一瞬頭が混乱するが、俺はある可能性に思い至った。
あぁ。これが原因で俺は村で孤立したのかと。
「ちなみに、何を窃盗したんですか?」
「しらばっくれるな。分かってるだろう?」
「分からないから聞いているんですがね」
「あまり生意気な態度をとっていると、子供であろうと容赦しないぞ」
この指示を出したのは村長かその夫人だな。そこまでして俺を孤立させたいのか。
邪魔なら殺せばいいのに。直接手を下すことも無く、更にはこんなセコい事をやってきている時点で器が知れる。
しかし、子供の頃の記憶って本当に忘れているもんなんだな。こんな重要な事も忘れてしまっているとは。
まぁ、6歳の頃の記憶なんてほとんど覚えていないのが普通か。
さて、どうしたものか。
こうやって疑いをかけられた時点で、俺は窃盗犯として仕立てあげられるだろう。
田舎の冤罪を甘く見てはならない。特に、今回は権力者による冤罪だ。
相手のメンツの為にも、なんとしてでも俺を犯人に仕立て上げるだろう。
困ったな。死んでやり直すか?
........いや、死んでやり直したところで、状況は変わらない。
権力者とただの子供。例えどれだけ村の人々と信頼関係を築いていようが、所詮人なんて権力者に頭を下げるしかないのだ。
「早く立て」
「はいはい。分かりましたよ」
ここで逃げても意味は無い。むしろ、俺の立場が悪くなる。
俺は大人しく指示に従うと、衛兵の後を歩く。
衛兵にも僅かながら優しさがあるのか、両腕を縛られたりすることは無かった。
「おい、聞いたか?ノワールのやつ、遂に盗みをしたらしいぞ」
「けっ、ロクに働かず、飯だけは一丁前に食うってか。俺はわかってたよ。あいつはいつかやらかすってな」
「ねぇ、ノワールくんが盗みをしたらしいわよ?」
「子供だからって許されないわよねぇ........」
閉鎖的な村では噂が一気に広まる。
俺は既に犯人扱いされ、村の人々から白い目を向けられていた。
「ノワール........」
「ノワールくん........」
そんな中、少しだけ仲の良かった冒険者達は複雑そうな目でこちらを見つめる。
下手に声を上げたりはしない。だが、俺がこのようなことをやるとは思っていない。
そんな感じの態度だな。
言っちゃ悪いが、保身に走ったという訳だ。この村で村長に目をつけられたくないから。
仕方がないと言えば仕方がない。俺も向こうの立場なら、同じ事をしただろう。
裏切られたとは思わないが、ただ何も言わずに心配そうに見つめられたのは少し悲しかった。
しばらく歩くと、ひとつの大きな家に辿り着く。
ここは覚えているぞ。村長の家だ。
「村長、お連れしました」
「うむ。ご苦労........なぜ縛っていない。犯罪者だぞ?」
「あ、その、いえ。素直に着いてきたので、縛る必要が無いかと思ってしまいました。申し訳ございません」
このちょび髭を生やしたおっさんが村長か。そういえばこんな顔をしてたな。そして、その裏で俺を睨みつけるババァが夫人だ。
「ちょっと、家に上げないで頂戴。犯罪臭が移るわ」
「そ、そうか。すまぬ。ちょっと場所を移動しよう」
先程の威厳のある姿はどこへやら。どうやら、この家庭は村長夫人の方が権力を持っているようだ。
こんな頭の悪いババァに権力を持たせた結果、子供を虐める大人が出来上がったわけか。
リアとグリーズが居なかったら、こんな村見捨ててサッサとどこかへ行ったのにな。
村を助けるとなると、結果的にこいつらも助けることになる。
........あの殺人鬼にお願いして村長宅だけ吹っ飛ばして貰えないかな。
「ゴホン。さて、ノワール少年。君は自分のやった罪の重さを理解しているのか?」
「何もやっていないのに犯罪者にさせられることを罪というのであれば、理解していませんね」
村長の家の横にある馬小屋。そこに場所を移動して、尋問が始まった。
が、こんなのは所詮出来レースだ。どう足掻いても俺は犯罪者にさせられるのは分かっている。
なら、別に謝る口も下げる頭も無くていい。例えそれで殺されたとしても、やり直すことになるだけだ。
「........口の利き方には気をつけろよ。私の一存でお前の運命は決まるのだぞ」
「そうやって俺を犯罪者に仕立てあげたのか?食料を盗んで食べたんだろ!!とか言えば、証拠が無くとも簡単に罪をでっち上げられるもんな。何せ、この村はあんたの王国だ。楽しいか?小物の権力者は」
「貴様ッ........!!自分の立場が分かっているのか?!」
「どうやっても俺は犯罪者になるな。で?処刑でもするのか?」
多分過去の俺はここで大人しくしていたのだろう。そして、村長の人気稼ぎに使われたはずだ。
犯罪者(子供)を許してあげる村長の器デケーとか、そんな感じの。
訳も分からず犯罪者にされた子供が出来ることなんて、謝るぐらいだもんな。
下手をしたら、村人全員に頭を下げて回っていたかもしれない。
「あのババァの指示か?俺を犯罪者にしろって。父さんは正しかったんだな。あんなババァに従ってたら、今頃もっと悲惨なことになってたよ」
「黙れ!!」
バシン!!
馬小屋に音が鳴り響く。
痛え。思いっきり頬を引っぱたかれた。
咄嗟に首を回して受け流したとは言えど、痛いものは痛い。そりゃ、死ぬよりかは痛くは無いが、そういう問題では無いのだ。
「余程死にたいようだな........!!」
「お?俺を処刑するのか?」
「貴様はこの村から出ていけ!!二度とこの村に足を踏み入れることは許さん!!」
ここで俺を殺すとかではなく、あくまでも追放を選ぶ辺り本当に小物である。
街で窃盗した挙句即刻死刑とかなら問題になるが、ここは村だ。
村の最高機関である村長が全ての権限を持っており、俺を処刑したとしても問題は無い。
貴族ならその場で剣を抜いて俺の首を切り落としていたよ。まだあの豚共の方が、多少根性がある。
「あっそ。感情論でしか動けないババァが支配する村なんざこっちから願い下げだ。サッサと縄を解けよ。今日中には消えてやる」
「........もし次、貴様を見つけたら処刑するからな」
「それは怖いね。じゃ、お疲れ様」
俺はそう言うと縛られたまま馬小屋を出る。
そして、待機していた衛兵に縄を解いてもらうと、俺は自分の家に戻る。
そして村を出ていく準備をしながらポツリと呟いた。
「そういえば、リアと出会ったのはもう少し先の話だったな。今回は特に借りもないが、前の分の借りは返してやるよ」
リアと出会ったのは7歳の頃。今回は特に関わることが無くなってしまった。
一応借りはあるし、他にもグリーズに借りがある。
俺が犯罪者として村で生きていく中で、多分グリーズだけは俺に色々と世話を焼いてくれていたのだろう。
村長からの圧もあっただろうに。大変な役回りをしてたんだな。
「正直見捨てるどころか、殺してやりたいぐらいだ。どうして世界はこんな感じなのかねぇ」
俺はそう言うと、村を後にするのであった。
6歳にして山暮らし。まぁ、邪魔が入らないから悪くないか。
後書き。
今日はここまで。明日から一日一話更新になります(0時頃)。
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