六年前へ


 勝てないとは思っていたが、ここまで実力差があると殺せるのかどうか怪しくなってくる。


 一日前に巻き戻った俺は、自分の弱さを改めて認識すると大きく溜息を吐いた。


 借りた恩は返すつもりでいる。


 だが、あまりにも絶望的すぎた。


 相手は史上最悪とも言われる殺人鬼。そんな彼女の攻撃から、俺はこの村を守らなくてはならない。


 リアとグリーズだけを逃がすという方法も本格的に視野に入れないとダメだな。


 と言うか、村での地位を獲得して説得して逃げる方が楽な気もしてきた。


「........とりあえず死ぬか」


 今の俺ではあの女は殺せない。少なくとも、少しでも鍛えて勝率は上げた方がいい。


 準備できる環境さえあれば、多少は戦えるはずだ。と言うか、そうでなければ困る。


 俺はそう言うと、自分の首にナイフを突き立て、6年前に戻る。


 えーと、この世界での1年は365日で、結果的に21年前に戻ってるから........最低でも7665回も死ぬことになるのか。


 一生分は死んでるな。


 いや、普通は一生に死ぬのは1回だけか。


 15年前に戻る過程で、自殺のやり方だけは上手くなった。できる限り苦しまず、できる限り痛くない方法なんてないが、その時間を短くすることは出来るんだな。


 逆に、苦しんで死ぬ方法も知っている。


 自殺に関して言えば、今の俺はスペシャリストだ。


 これが終わったら、自殺屋でも開いてみるか?絶対人なんて来ないが。


 何回死んだのか数えるのも馬鹿らしくなった頃。俺はようやく6年前に戻ってくる。


 15年前に戻ってきた時のように、六歳の時の判断はしやすい。


「........ん、ナイフがない。戻ってきたな」


 また死ぬかと思いながらナイフを取り出そうとすると、そこにナイフはなかった。


 俺がナイフを手に入れたのは、冒険者になった時と同じである。


 本来ならば12歳まで冒険者にはなれないのだが、それをグリーズが特例で許してくれたのが始まりだ。


 そして、冒険者になった祝いとしてナイフを貰っている。


 これが、6年前に戻ってきたと言う合図なのだ。


「今思えば、グリーズには世話になりっぱなしだったんだな。子供の頃は自分の事で精一杯だったし、精神的支えになってくれたリアの印象が強かったから忘れてたけど」


 大人になってから“あの人は優しかったな”と思う事は多い。冒険者として一緒に過ごしたパーティーの中でも、そういう話はあった。


 子供の頃は近所のおばちゃんがうるさくて嫌いだったが、大人になってそれが自分のためであったとか。


 しょうもない事で叱られ不貞腐れていたが、今思えば大切なことであったとか。


 子供の頃は経験が足りず気が付かないものなのだ。


「俺にもそんな経験があったとはな。それじゃ、登録しに行くか」


 俺は自分の誕生日を知らない。村人たちの話から、大体この日に生まれたというのは知っているが。


 だから、冒険者になった日を俺の誕生日としていた。


 それが1番分かりやすいから。


 さて、行くか。


 家を出ると、またしても畑を耕す大人達が目に入る。当たり前だが、6年後よりも随分と若い。


「お、ノワールの奴が起きてきたぞ。可愛そうにな。こんなガキの歳で親も居ないだなんて」

「なら、お前のところで面倒でも見てやればいいじゃないか」

「無理言うな。税だけで大半を持っていかれるのに。うちの子供を食わせるだけで精一杯だよ。そういうお前は?」

「俺も無理だな。もうすぐ子供が生まれるんだ。嫁に食わせてやらないと」


 6年後に比べて、俺を見る目が随分と優しい。


 たった6年であそこまで言われるようになるとか、一体俺はどんだけ擦れたガキだったんだ。


 12歳までの記憶なんてほとんど残っちゃいない。その日を生きるのに必死すぎて。


 だが、この反応を見るに、子供の頃の俺は世渡りが下手すぎたのかもしれない。


「おい見ろよ!!親無しがいるぜ?!」

「そうですね!!リード様!!」

「親がいないだなんて羨ましいなぁ?俺なんて父ちゃんに毎日シゴかれてるってのに。親無しは自由で羨ましいぜ!!」


 そんなことを思っていると、まだ幼い声が聞こえてくる。


 コイツはこの時でもこんな奴だったけ。


 村長の息子リード。彼はどの時期でも俺をバカにしてくるらしい。


 分別のある大人よりも、純粋な子供の方が時として残酷とは言うが、正しくその通りだろう。


 本来なら大人が注意するべき発言だが、このクソガキは村一番の権力者の息子。


 誰も文句は言えないのである。


「なにか言い返してみろよ!!親無し!!」

「やーいやーい。親も居ないならず者!!」


 そして腰巾着のやつは一体誰だ?存在感が薄すぎて俺の記憶に無いや。


 ........いや、まじで誰だっけ。


 本当に記憶にない。大人になると子供の頃の記憶は忘れがち。俺もその例に漏れていないのか。


「村長のことろのクソガキが。村長の息子じゃなかったらぶっ飛ばしてるぞ」

「いくら何でも言い過ぎだなありゃ。まだ6歳のガキだぞ?しかも二年前に親を失ったばかりの。4歳の頃から一人で生きているって考えれば、凄いぐらいだ」

「俺達も流石に可哀想だから支援してやったが、だとしてもよくここまで生き延びたもんだよ。冒険者になるからそれを打ち止めにしろって言われたがな。村長に」

「村長、ノワールの親のことをすごく嫌ってたからな。いや、村長と言うか、その奥さんの方か。確か、ノワールの親父を狙ってたんだっけ?村長に内緒で迫った挙句、振られて別の女と結婚したのが気に食わなかったんだろうな」

「で、その矛先がノワールに向いたって訳だ。今はまだ子供だから村八分にしろとか言われてないが、もしかしたらあるかもな........」


 ........へぇ。そんなことがあったのか。


 普通に知らなかった。


 多分、俺がこの時代に帰ってくる前にも同じような会話はしていたのだろう。


 だが、6歳の子供にそれを理解しろと言うのはあまりにも酷な話だ。


 会話が聞き取れても、内容を理解するのは難しい。


 しかし、今は27年分の知識と経験が詰まっている。


 もちろん、その話は理解出来た。


 というか、それは普通に不倫なのでは?


 村長と結婚したあとの話だよな?


 村長の嫁は終わっている。なるべく顔を合わせない方針で行くとしよう。


 俺はガキ大将のリードを無視すると、冒険者ギルドへと足を運ぶ。


 横を通り過ぎる時もギャーギャー言っていたが、子供が何を言おうが別に気にならないしな。


 殴られたりしないだけマシだ。


 まずはナイフの獲得。そして、食料の確保が最優先。


 このやせ細った肉体を何とかして鍛え上げなければならない。


 魔法をある程度使えないとな。それと、山の地形の把握もするべきだ。


「やることが山積みだな。あの化け物に勝つためにあと何回死ねばいいんだ」


 俺はそう呟きながら、冒険者ギルドの前までやってくる。


 今思えば、特例で俺を冒険者にしたのって村長の命令だったりするか?ほかの村人が支援できないようにするための。


 普通に有り得そうだな。これだから小物の権力者の下に付きたくはないんだよ。


「ん、ノワールか。今日から冒険者になるって聞いたぞ」


 冒険者ギルドの前で立っていると、1人の冒険者が声をかけてくる。


 この人誰だったかな........やべぇ、思い出せない。


 とりあえず、礼儀正しく対応しておこう。


 村人達との関係をしっかりと築き上げるのも大切だ。信頼があれば、それだけ後がやりやすくなるし。


「はい。今日から冒険者になるノワールです。よろしくお願いします」

「........6歳にしちゃ随分と礼儀正しいな。俺はガルエル。しがない冒険者だ。よろしく」


 先ずは彼の信頼を得るとしよう。6年間の間に、この村の俺の評価をガラリと変えてやる。





 後書き。

 今日はここまで。

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