未来と今の違い
リア。
彼女は特別な生まれでは無い。
普通の農民として生まれ、普通に生きてきた純粋な少女。
彼女は人を差別しない。過去に商人が亜人(獣人)の奴隷を連れてきたことがあった。
閉鎖的な村とは言えど、この世界の常識である“亜人は人間に劣る”という思想は変わらない。
誰もがその亜人に見下した視線を送る中で、彼女だけは疑問を持つような子であった。
親にその疑問をぶつければ間違いなく怒られると知っていたのか、俺に投げかけた疑問は今後俺も同じく疑問を抱くことになる。
“言葉も話せて知能もある。人に似た姿をしている上に人間よりも身体能力が優れているというのに、なぜ自分たちよりも劣る存在だと見下すのか”。
もっと拙い言葉だったはずだが、こんな感じの内容を言っていたはずだ。
当時、話し相手が彼女かグリーズぐらいしかいなかった俺にとって、その疑問は自分の考え方を変えるきっかけとなっただろう。
戦争に勝ったからと言って、彼らが人間にとって劣るとは思えない。
むしろ、能力的には人間よりも優れているはずなのだ。
「今日もお仕事?」
「あぁ。ちょっと山に行ってくる」
「え?山に?大人しか入っちゃいけないんじゃないの?」
青く美しい髪と、その髪に負けないぐらい青い目をしたリアは、不安そうに俺を見つめる。
この村は山に囲まれている。そして、山の中は危険だ。
魔物が溢れているし、魔物は子供が対処できるような強さでない。
よって成人した大人以外の立ち入りは禁止されていたりする。
........俺を除いては。
この世界では15歳で大人と判断される。現在の俺は12歳であり、本来ならば森の中に入れない。
しかし、大人とは汚い生き物だ。俺のような邪魔者が山の肥料になってくれるなら、喜んで許可を出す。
この村の村長は本当に嫌いなんだよ。強いやつには頭を下げて、弱いやつにはふんぞり返る。
典型的な小物の権力者なのだ。
「俺は許可を貰ってる」
「あ、危ないよ。村でできるお仕事もあるでしょ?」
「村の仕事なんて割に合わないさ。丸1日働いて、野菜がひとつ買えるかどうかってところだぞ?」
「わ、わたしがお父さんとお母さんにお願いしてみれば........」
「気持ちは嬉しいけど、無理だ。考えてもみろ。その日を生きるのに精一杯な村の人々が、血も繋がってない子供を引き取る利益がない。畑を耕す労働力よりも、毎日の飯代の方が高くつくからな」
もしも労働力の方が高くつくなら、誰かが既に俺を拾っている。
それが無いということは、大人達は血も繋がってない子供の面倒を見る余裕もないのだ。
この村の税率って幾つだったかな........6割だったか?その後村長に一割しょっぴかれるから、7割ぐらい持ってかれてたっけ。
今思うと、とんでもない税率だ。
村を出てから色々と知ったが、この村を領地にしている貴族の野郎はかなり腐った野郎らしい。
この税率も明らかに高い。
「そういう訳だ。大丈夫、安全な仕事しかしないよ」
俺はそう言ってリアと別れようとすると、リアがポツリと呟いた。
「........なんか、今日のノワールはいつもの違う気がする。でも、ノワールらしさもある」
ある意味確信を突く一言。
俺はピタリと足を止め、少しリアに視線を送るとそのままナイフを持って山へと向かうのであった。
リアは俺のひとつ上のはずだったから、13歳のはず。
だが、同年代の子供に比べて観察眼も思慮深さも桁違いに高い。
村長の息子なんてリアよりもさらに一歳年上なのに、こんなガキ相手に悪口を言うのが日課なんだからな。
あれが将来村を治める存在とか笑わせてくれる。
「やっぱり滅んだ方がいいんじゃないか?この村」
俺はそんな冗談を口にしながら、村を出て山へと向かうのであった。
さて、適当に魔物を狩りつつ、この村を燃やしてくれた犯人を見つけるよしよう。
先ずは村の外から。内部犯行の可能性が高いが、今日の飯を確保する次いでに外回りをするとしよう。
【魔物】
この世界に存在する化け物。種類は様々だが、そのどれもに体内に魔石が存在するという特徴がある。
【魔石】
魔力の塊。主に魔物の体内に生成されることが多く、第2の心臓と呼ばれている。魔石は魔力を蓄積、放出できる特徴があり、道具を動かす動力源としての価値が高い。
懐かしい顔を見た後、俺はのんびりと山の中を歩いていた。
未来では嫌という程色々な山を歩いてきたのだ。体が幼くなろうとも、その知識が失われることは無い。
「........そう言えば、記憶を持って一日巻き戻れるってやばいな。記憶を持たずにやり直す場合、同じ世界を何度も回る羽目になってたかもしれん」
15年間分死んで、ようやく気がつくこの死に戻りの力の凄さ。
記憶を持ってやり直せるというのは、最早世界の理を完全に超えている。
少なくとも、そんな話を俺は一度も聞いた事は無い。
全てをやり直せるのだ。しかも、これまでの人生と未来を知っている上で。
自分の行動次第で未来は変わるが、だとしても滅茶苦茶すぎる。
「あの魔導書........あれは一体なんだったんだ?あんな普通のダンジョンに、こんな秘宝があるなんてありえない」
俺はそう言いながら山の中を歩き続け、視線の先にいたものを見て素早く木の影に隠れる。
「グギャ........」
「ゴブリンか。群れからはぐれたのか?一匹で居ることなんて滅多にないんだがな」
ゴブリン。
この世界における魔物の定番とも言える存在。
緑色の肌と子供よりも少し大きな身長。そして特徴的な醜い顔。
冒険者が初めて魔物を殺すときの練習台として戦うことが多いが、ゴブリンだからと侮ってはならない。
ゴブリン単体は、戦闘訓練をしていない大人と同程度の強さと言われている。
子供でもやり方によっては殺せるが、それは単体での話。
基本的にゴブリンは群れで行動することが多く、5~6匹で固まって行動するのだ。
数とは力である。
魔物がどれだけ強かろうが、弱かろうが、数がいるという事そのものが戦力となる。
一対多の戦いに慣れていなかった冒険者が、ゴブリンの群れと戦って死ぬなんて事は日常茶飯事。特に新人冒険者に多い死に方の1つとして知られている。
「知能は低いし、殺しやすいからまだマシだけどな」
俺はそう言いながら魔法を使おうとしたが、上手く魔力が操作できない。
そうか。記憶を持っていたとしても、肉体は巻き戻っている。
技術そのものが失われた状態なのか。
俺が魔法に手を出したのは15歳の頃。当時の俺は、魔法という存在は知っていても魔法の使い方なんて知らない。
「巻き戻った弊害をここで感じるとは。もっと先に戻って鍛える必要があるかもな」
火をつけた犯人次第では、さらに戻って鍛える必要すらある。
俺はそう考えながら、単体のゴブリンに静かに近づいて行った。
別に魔法を使わずとも殺す方法なんて幾らでもある。
これが群れならば逃げていただろうが、単体ならば不意をつけば俺でも殺せるのだ。
この錆びついて切れ味も落ちきったナイフでもな。
俺はそこら辺に落ちていた石をもっと、ゴブリンの近くの木に当てる。
ゴブリンの知能はかなり低い。少し音を出せば、必ずそちらに視線が向く。
「グギャ?」
ゴブリンが音に反応した瞬間、俺は動き出す。
俺に背中を向けた時点でこいつは死んだも同然。
俺はナイフを逆手に持つと、ゴブリンの首筋にナイフを思いっきり突き立てた。
「グギャ?!」
「15年先だったら、今の一撃で首の骨までへし折ってたんだがな........」
両足でゴブリンの腕をロックしながら、俺はポツリとつぶやく。
未来なら一撃でカタが着いていたのに。
そう思いながら、何度も首にナイフを突き立てる事5分。
ゴブリンは大量の血を撒き散らしながら息絶えた。
「フゥ。やっぱり体が出来てないからきついな。さらに戻って鍛えた方がいいか?」
俺はそう言いながら、ゴブリンの死体から買取してくれる部分を剥ぎ取るのであった。
後書き。
12時ごろにもう一話あげます。
ちなみに、リアちゃんはほぼモブ。過去が変われば、人との関わり方も変わるので。
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