死に戻り
死んだら一日巻き戻る。
そんな嘘みたいな現象に遭遇している俺は、この力で自分の人生をやり直せるのではないかと考えた。
しかし、しかしである。
この力に回数制限があった場合はどうなる?この力は俺の意志とは関係なく発動するのか?
そんな考えが、推測が次から次へと浮かぶ。
四度目の死。その死を実現するのは、あまりにも恐怖と時間が掛かった。
ダンジョンの中にいた時は冷静ではなかった。が、今はかなり冷静である。
結果として、俺の腰に下げられたナイフは、未だに俺の手の中にあった。
「........検証したいが、検証するには死ななきゃならん。なんて不便な力なんだ」
全てを手に入れたつもりになっていたが、死ぬという行為は人間が本能的に避けたがる行為だ。
死の先に何があるのか分からない。人は、不鮮明なその先にあるものを酷く恐れる。
それを克服するには、自分が狂う必要があるのだ。
もう一度あの頭の狂いようを再現出来れば死ねるだろうが、今の俺は正常。
また自分の首にナイフを突き立てられるほど、俺のメンタルは強くない。
「........でもやるしかないのか。村は正直どうでもいいけど、一人だけ........一人だけ助けたい奴がいるしな」
唯一俺の助けとなってくれたとある少女。親をなくした俺が生きていく上で支えとなってくれたあの子を、俺は助けたい。
あの日、全てを失った日。俺だけが運良く生き残った。そして、彼女の死体が見つかることは無かった。
今思えば、当時の俺は彼女のことが好きだったのかもしれない。一人村人達からも厄介扱いされていた俺に、優しく手を差し伸べてくれたあの子を。
「........英雄になるつもりは無い。でも、借りを返さずに生きるのは俺が嫌ったあの大人たちと同じだ」
覚悟を決めろ。今から15年前のあの日、全てを失った日にかえってやり直すのだ。
彼女を救った後は自由に生きればいい。
村にいるのもよし、旅に出て自分の居場所を見つけるもよし。
もし、力に限界があって本当に死んだらどうするのかって?
その時はその時だ。もう割り切るしかない。
「帰ろう。15年前に。少なくともあの子だけは助けるために」
覚悟は決まった。やると決めれば後は早い。
俺は握っていたナイフを首に突き立てると、長い長い死に戻りの地獄へと身を落とすのであった。
【亜人種】
この世界に存在する人間以外の知能を持った生物全般を指す。正確には体内に魔石を持たず、人間と見た目の近い生物のことを指すのだが、どちらにしろ道具であることに変わりはない。
かつて人間達との戦争に敗れ、その殆どは殺されるか奴隷となった。人間達を恨み、支配から逃れるために彼らは森の奥や山の奥で細々と暮らしている。
15年という歳月は、決して短くない。
この世界の一年は365日であり、一年戻るのに365回死にくてはならないのだ。
気が狂うなんてもんじゃない。
目が覚めたら自分にナイフを突き刺すを繰り返す。だんだんその行為に慣れてきた頃、俺はこのままでは自分が壊れると思って自分の命で遊び始めた。
死ぬ回数に限度があるとかそう言う思考は既にどこかへと消え去り。気がつけば、俺は死に方を模索するようになったのだ。
痛みも苦しみもない死に方を。
ある時は高い建物の上に昇って頭から飛び降りたり、崖から飛び降りた。
これが一番楽な死に方だったと思う。
恐怖と浮遊感ことあれど、即死できるのだから。
失敗してじわじわと死ぬ時もあったから、安定性には欠ける。
毒を食らって死ぬ方法も試した。
これは苦しみと痛みが同時に来るので、正直オススメはしない。
まだ飛び降りの方が楽だろう。
首を吊ってみた。
苦しい。二度とやらん。
水に入って溺れ死んでみた。
同じく苦しい。二度とやらん。
心臓を突き刺してみた。
肋骨に邪魔されて上手く死ねなかった。お陰で首から下が動かず、死ねない身体になるところだった。危ない。
魔物に殺されてみた。
これは一日巻き戻ったタイミングが悪く、魔物の攻撃が来た瞬間であったために殺された。
そんなタイミングが悪いことなんてあるのか。
普通に痛かったし、何よりも魔物の“殺してやった”という笑顔が気に食わない。が、使い方次第では楽に死ねるかもしれない。
自分の舌を噛みちぎた。
苦しいし痛かったが、他に死ねる方法がない時は使えるかもなとは思った。緊急手段だな。
自分で息を止めて見みた。
気絶したあとどうやら息を吹き返してしまった。死ねる時もあったので、運まかせなやり方になってしまう。あと苦しい。
手首を切り落として出血ししてみた。
痛みがあるし、徐々に寒くなっていく感覚が気分悪い。これなら他の方法を選ぶ。
腹を切ってみた。
痛いし内蔵が飛び出て気持ち悪い。二度とやらん。
「........何回死んだっけ?」
随分と幼くなった自分の体を見ながら、俺はそうつぶやく。
100を超えた辺りから数えるのはやめてしまった。死に戻った事で懐かしい顔を見ることもあったが、特に何も思わなかった。
俺、なんで死んでるんだっけ?
自分の心に亀裂が入る音が聞こえる。そして、自分の中の何かが壊れていく気がした。
死にすぎて最早死に対する恐怖はない。
なんなら、痛みすらも忘れている気がする。
「死ななきゃ........」
俺はそう言いながら、またナイフを握って首を突き刺す。
俺の心は完全に壊れていた。
それから更に死に続け、自分がなぜ死んでいるのかも忘れてしまった頃。
遂にその時が訪れる。
ふと目が覚めると、そこは燃えカスが俺の手を黒く染めていた。
あぁ。覚えている。この光景は生涯で二度と忘れることは無い。
全てが終わったあの日、俺は村の焼けた後へと向かってこの残りカスを手にしながら呆然としていたのだ。
涙も出ない。言葉も出ない。
全てが須らく失われたこの日は、俺に生きる気力をさらに無くさせた。
「戻ってきたのか。この日に。ってことは、ここで死ねば........」
俺は自分の首に再びナイフを突き立てる。
そして、目を覚ます視線の先には燃え盛る山々と村があった。
この日、俺も運が悪ければ死んでいただろう。丁度山へと向かったこの日、風向きが逆だったならばこちら側の山が燃えていたのだから。
「これを二回も見るとは思ってなかったな」
村が、山が燃えていく光景を見て、何故か俺は懐かしみを感じてしまう。そして、自分の壊れた心が少しだけ修復された気がした。
死にすぎて感情までもがイカれたか。そう思いながら俺は、焼け落ちていく村を眺める。
村が燃えたのは村人による不注意ではない。
もし誰かの不注意で火が燃え広がったのならば、間違いなく多くの村人達は生き残っていたはずなのだ。
当時は頭も回らなかったし、この絶望的な光景に打ちひしがれて何考えられなかったが、俺はこの放火には犯人がいると思っている。
誰かが。この村を燃やし、あの子を殺した。
「それを見つけて阻止する。とりあえずの目標はそこだな。村人達はどうでもいい。でも、あの子から貰った借りは返そう」
15年間分死んできた。その意味すら途中で見失いかけた。
しかし、この炎を見て俺は自分がやるべきことを思い出しす。
そうだ。俺はこの悲惨な光景を防ぐために15年という歳月を遡ってきたのだ。
「やるか。犯人探しと、その対策。最悪、さらに巻き戻って体を鍛えるところから始めないとダメかもな........」
これからあと、何度死ねばいいのやら。
俺はそう思いながら、再び自分の首にナイフを突き刺した。
後書き。
12 時頃にもう一話上げます。
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