やり直しの時


「おい。おい!!しっかりしろ!!」

「........ん?あぁ」


 目が覚めると、俺はまたしても頬を叩かれていた。


 まただ。また戻ってきている。


 ほぼ同じ景色。ここは、昨日通った道である。


 さすがに2回目ともなれば、俺の頭も混乱することは無い。


 冒険者として生きてきたのだ。切り替えが早くなければ、生き残れないのは当たり前である。


 それでも一回目の時は混乱に負けたが。


「すまない。少し考え事をしてた」

「ったく。気をつけろよ。ここはダンジョンの中なんだぜ?」


 ダンジョン。


 それは冒険者達にとって一攫千金の場所であり、底なしの沼。


 どこからか湧いて出てくる魔物を倒してその素材を売ったり、宝箱を開けて財宝を狙う場所。


 一攫千金の夢があるなんて言えば聞こえはいいが、そんなに現実が上手く行くはずもない。


 大抵はその金を握ることも無く死んでいく。


 今日と明日の生活費が稼げれば十分だろう。


 慣れれば安定した収入源となってくれるが、人は愚かだ。


 一発逆転を狙ってしまうものである。


 まぁ、それは今はどうでもいい。問題は、このまま行けば俺はまたしても死ぬという事だ。


 なぜこのような現象が巻き起こっているのか。


 恐らくだが、あの魔導書が関係している。


 俺が一回目の死の直前で使った魔導書。あそこに何らかの魔法が込められており、その効果が今の結果に違いない。


 しかし、死んだら生き返るなんて魔法を俺は知らない。


 少なくとも、そんな魔法があれば伝説の魔法としてこの世に語り継がれていたはずだ。


「オラ!!サッサと歩け!!」

「は、はい........」


 蹴り飛ばされる獣人の青年。


 この光景も昨日見た。


 ともかく、俺が今やるべきことは、この状況をどう乗り越えるかである。


 パッと思い浮かぶ案としては、奴らを殺す、逃げるの2つぐらい。


 しかし、奴らを殺せば後々バレる事になる。最初は誤魔化しが効くが調べられれば俺が犯人だと分かるだろう。


 そうなれば俺はお尋ね者だ。


 お尋ね者となっても生きていける自信はない。


 となれば自然と逃げる選択肢が用意されるのだが、逃げるのも難しい。


 こいつらは俺よりも強い。逃げるとなると、寝ている時にこっそり逃げるのが安牌であるが、1人は必ず起きている。


 当たり前だ。こいつらは俺を信頼していない。


 昨日今日で組んだパーティーなのだから、警戒するに決まっている。


 そんな中で不振な行動を取れば、間違いなく拘束される。


 1人だけ逃げるのも、冒険者的にはタブーとされているのだから。


 それに、俺を殺した時の発言も気になる。よくよく思い返せば、魔導書だけだ目的であったような気がしない。


「どうしたものか........」


 ダンジョンの中で歩いていく中で、俺は考えた。


 殺すのも逃げるのもリスクが大きい。だが、なにか行動しなければ、俺は三回目の死を味わうことになるだろう。


 意外と痛くないのだが、苦しいのも勘弁だ。


 誰だって好き好んで死にたいわけじゃない。


 ........ん?待てよ?死ぬ?


 2回殺されて、2回とも一日前に巻き戻された。


 もし、今この場で俺が死んだら、さらに時間が巻き戻るんじゃないか?


 ふと、そんな思考が頭を過ぎる。


 いやいやいや。二度同じ現象が起きたからって、三度目があると考えない方がいい。


 そんな考え方をしていたら、冒険者としてやっていけないぞ。


 常に最悪を想定しておかなければ。俺はそうやって生きてきたのだ。


 でも、もし、死んだ先に希望があるのなら、それに縋ってみるのも悪くない。


 俺は、二回死んで気が狂っていたに違いない。


 普段なら絶対に選択しない選択肢を、最も有効的な手段だと考えてしまったのだから。


「........」

「ん?どうした、ナイフを取りだして」


 俺は、腰に下げていたナイフを取り出す。


 近くにいた一人が首を傾げながら話しかけてくるが、その目は明らかに警戒していた。


 自分にこの刃が振り下ろされる可能性を考えていたのだろう。


 彼はゆっくりと後ろに下がっている。


「自殺か........考えたこともなかったな」

「は?........はぁ?!」


 気が狂った俺は、手に持ったナイフを思いっきり自分の首に突き刺した。


 人が死ぬ時、どうやって死ぬのかは知っている。どこを切られたら死にやすいのか。どうやったら死ねるのか。


 この人生の中で嫌という程人の死は見てきたのだから。


 首の横にある人間の急所の1つ。


 ここを切った場合、早急な措置が施されなければ死ぬ。


 そして、こいつらはそんな措置を施せるような奴らでは無い。怪我を治す魔法はかなり特別なのだ。


「ゴボッ........!!」

「おい!!何やってんだお前!!ノワール!!おい!!」

「........ハハッ。意味が分かんねぇ。何してんだこいつ」

「んな事言ってる場合か!!何やってんだお前は!!」

「え?........え?!」


 俺が急に自殺を図った事に焦る4人。無理もない。急に目の前で自殺されれば、混乱もするだろう。


 しかし、これが今の俺にとっての希望となるかもしれない。


 あぁ、クソ、今回は痛みがある。苦しみと痛みのサンドイッチだ。既に自殺をして後悔し始めている。


 だが、これでもし想像通りの現象が起きれば、俺は全てをやり直せる。


 あの日、俺の人生が全て狂ったあの時から。


 徐々に力が抜けていく。


 俺は、静かに目を閉じ、3度目の死を迎えた。




【魔法】

 魔力と呼ばれる一種のエネルギーを用いる事で行使される現象。何も無いところから炎を起こしたり、傷を癒したりと様々なことが出来る。

 しかし、そのどれもに才能が必要であり、才能がなければ使えない。




 目が覚める。


 するとそこは、先程とは違う景色が浮かび上がっていた。


 洞窟の中ではない。日が世界を照らし、人々が行き交う街の中。


 橙色のレンガが積み上がった家が立ち並び、噴水の音が聞こえる。


 ここは、俺が一昨日にいた場所。


 セット王国、バラバスの街。


 この街にはダンジョンが存在し、多くの冒険者が夢を見る場所。


 セット王国は小国であり、それほど国力がある訳では無い。しかし、この国は現在かなり平和な国であった。


 戦争が起きる可能性が少ないから、俺もこの国にやってきたわけだしな。


「はっ、ハハッ........生きてやがる」


 俺は自分の手を何度か閉じたり開いたりしながら、自分が生きている事をしっかりと認識した。


 気が狂って勝算の薄い賭けに手を出してしまったが、俺は勝った!!


 俺は、俺は全てをやり直せる権利を得たのだ!!


 人間が大陸の支配者となり、亜人種を虐げるこの世界で、俺は自分の人生をやり直せる事となったのである。


 普通に暮らすも良し、英雄を目指すも良し。世紀の大犯罪者になるのも良し。


 その全てをやり直す権利を手に入れたのである。


「なぁ、あんた一人か?見た感じ斥候っぽい見た目だが」

「パーティーメンバーの一人が風邪をひいちまってな。代わりを探してるんだ。報酬は全部山分けでいいから、俺達と組まないか?」


 全てをやり直せる権利を手に入れた俺の前にやってきたのは、俺を殺してくれた彼らであった。


 この時に俺が即承諾してそのままダンジョンに潜ったんだよな。


 こういうお零れを狙って俺は、何時でも行ける準備だけは欠かさなかったし。


 しかし、この後起こることはわかっている。


 答えはもちろん“否”だ。


「悪いけど、今日は休みなんだ。他を当たってくれないか?」

「そう言わずに、そこをなんとか........」

「おいやめろよ。向こうにも向こうの生き方があるんだよ。なぁ、なら明日はどうだ?」

「すまない。しばらく休むつもりなんだ。他を当たってくれ」


 俺はそう言うと、彼らを追い返す。


 彼らは割とあっさり引いてくれた。


 これで、明後日に死ぬことは無くなっただろう。


 さぁ、全てをやり直す時だ。何回死のうが関係ない。俺は、俺が望む人生を歩むんだ。


 ........その前にこの力について検証するべきか。力を手にして調子に乗り、身を滅ぼした話は沢山あるしな。





 後書き

 今日はここまで。

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