7665回死んでから始まる魔王道

杯 雪乃

死に戻り

始まりの死


 自分で言うのもなんだが、俺の人生はかなり不幸であったと思う。


 小さな村に生まれ、山に囲まれた平穏な村で暮らしていたが、物心着いた時には親は既に居なかった。


 親と言う加護を失った子供が、その日を生きるのにも必死な村で誰かの援助を受けられるはずもなく。


 邪魔者として生きていた。


 まぁ、これはよくある事だ。この世界じゃ俺よりも不幸な人生を歩む奴は多い。


 しかし、これだけには留まらない。


 唯一俺に優しくしてくれていた人を含めた村人は全員死んだし、そこから1人で何とか生きてきた。


 何とか冒険者になったものの、俺に才能は無く。


 英雄とまでは行かずとも、普通に暮らすことすら難しかった。


 手先が器用で小道具を作って戦う。そんな戦い方で、魔物と呼ばれる化け物達と渡り歩いてきた。


 身寄りのない子供だった為か、俺が可愛くない子供だった為か、汚い大人達は俺を騙して金を巻き上げ、それに気がついた時には逃げられていた。


 それでも、それでも何とか生き延びた。幸い。戦う才能はあまり無くとも、できることは色々とある。


 鍵開けや罠の探知、周囲の調査や薪集め。


 色々なパーティーを転々とし、俺は27歳まで何とか生きてきたのである。


 しかし、今日。その運も尽きたようだ。


 俺の左胸から突き出る冷たく、銀色に光る刃。


 俺は、自分の死を悟った。


「........ゴフッ。てめぇ........」

「ごめんなさいごめんなさい........でもこうしないと、僕が殺されるんです!!」


 獣の耳と尻尾を持った少年が、俺に謝りながら剣を胸に突き立てる。


 肺に血が入ったのか、息が苦しい。


 しかし、不思議と痛みは無かったし、彼に対する怒りは無かった。


 彼はやらされているだけなのだ。言うなれば、俺と同じく、不幸な子なのだ。


 獣人。


 この世界において肉体が発達した、ただの肉壁。


 遠い過去に、人類が彼らとの戦争に勝利してから、彼らは人類の奴隷として生きるようになった。


 奴隷でない獣人は人間の社会に存在しないと言われているほどであり、彼らは知能があっても動物として扱われる。


 冒険者の探索においては、肉壁、荷物持ち、ストレス発散の為の玩具。そんな人としての尊厳を奪われて生きていくしかない生き物なのだ。


「ハハッ。これでいいんだよな?」

「あぁ。こいつをぶっ殺せばそれでいいって話だ。仲間殺しはご法度だが、この獣人ゴミの気が狂って殺したことにすれば、俺達の罪は避けられる」

「次いでに金も増えるな。良かったぜ」


 そして、獣人の後ろで笑う三人の人間。


 彼らはつい先日、俺とパーティーを組んだ冒険者達だ。


 なんでも、普段斥候役をやっていたメンバーが風邪を引いてしまったとかで、その穴を埋めるために俺が臨時でパーティーに入ったのである。


 しかし、その結果がこれだ。


 これだから人間は信用出来ない。まだ、この場で謝りながら俺の胸に剣を突き立てたこの少年の方が信用できるだろう。


「あばよ。ノワール。正直恨みもクソもないが、悪く思うなよ」

「クソが........」


 彼らとはまだ出会ったばかり。仲も別に悪かった訳では無い。


 なのに何故俺は殺されなければならない?


 なぜ俺は、こんな人生を歩んでいるんだ?


 俺より不幸なやつは沢山いる。しかし、だからと言って自分が不幸では無いという訳では無い。


 せめて、せめて、俺の隣に1人でも理解者が寄り添ってくれる人がいたら、こんな人生を送らずに済んだのだろうか。


 人間でなくとも、亜人と呼ばれる彼らと話し合うことが出来れば、俺の人生は少しは変わったのだろうか?


 いや、そんな事はどうでもいい。


 もう俺はここで終わるんだからな。


「........せめて」


 せめて、最後に足掻くぐらいはしてやろう。こいつらは今俺がその手に持っている魔導書を欲しがっているはずだ。


 ダンジョンと呼ばれる、冒険者達にとって一攫千金の夢の場所。そこの宝箱に入っていたこの魔導書は、かなりの金額で売れる。


 このぐらいの抵抗は許してくれよ。俺よりも下衆で屑な連中への贈り物としてな。


「........!!こいつ、魔導書を使うつもりだぞ!!」

「何?!使わせるな!!殺せ!!」


 彼らは俺がやろうとしていることに気が付き、慌てて俺を殺そうとするがもう遅い。


 魔導書に魔力を注ぎ込んで、この魔導書に刻まれた魔法は俺のものになったのだ。


 売れば一ヶ月近くは働かずに済んだかもしれんのにな。この魔導書に目が眩んだか?


 昨日今日で組んだ相手に、金を払うのかそんなに嫌だったか?悪いな。引き分けだよクソッタレ。


「─────!!」

「──────!!」

「─────!!」


 何やら奴らが喚いているが、もう俺の耳にその声が入ってくる事は無い。


 あぁ。力が意識が失われていく。


 次がもしあるとするならば、穏やかに生きたいものだ。


 ごく普通の家庭に生まれ、ごく普通の生活をして、ごく普通の死に方をしたい。


 俺は意識が消えていく中で、そう願い、27という短い生涯を終えるのであった。




【獣人】

 人の姿にケモ耳と尻尾が生えた亜人種の1つ。過去に人類との戦争に負け、現在では小さな集落を個々に作って生活をしている。人間社会においては、都合のいい奴隷。頑丈な肉体を持っているため、肉壁としての役割が多い。

 また、人間社会に存在する獣人は全て奴隷である。




「おい。おい!!しっかりしろ!!」

「........ん?あぁ」


 ぺちぺちと頬を叩かれる感覚が俺の目を覚ます。


 目を覚ますと、そこにはつき先程俺を殺した奴らが立っていた。


「........あ?」

「どうした?急にボーッとして。体調が悪いのか?」


 冒険者の一人がそんな事を聞いてくる。


 体調が悪いって言うか、ついさっき殺されたんだが?


 頭が混乱して状況が理解できない。


 何が起きているんだ?何が起こっているんだ?


 俺はついさっき、そこの前を歩く獣人の青年に胸を刺され、死んだはずでは?


 夢でした。なんてオチなわけが無い。


 夢にしてはあまりにも現実的すぎる感触だったし、何よりこんなダンジョンの攻略中に眠ることなんてありえないのだ。


 もし、命の危険がある場所で安全の確保もせずに立ち止まって眠る奴がいたら、そいつは将来大物になるかその場で死ぬかのどちらかだろう。


「........すまない。少し体調が悪いのかもしれない」

「お前もかよ。どうする?帰るのか?」

「おいおい。ここまで来て帰るのは勘弁だぜ。もう少しで奥まで行けるんだし、頑張ろうぜ」


 俺は現状が把握出来ていなかったが、とりあえず適当に話を合わせておく。


 ここで錯乱してこいつらを殺さなかった俺はすごいと思う。まぁ混乱しすぎてそれどころでは無かったと言うのもあるが。


「さっさと進もう。そしたら帰るだけだしな。オラ、サッサと歩けよ!!」

「は、はい........」


 蹴り飛ばされる獣人の少年。


 この光景は覚えている。一日ぐらい前に見た。


 確かこの後さらに先に進むと宝箱があって、俺が解錠した後刺されたんだよな。


 休憩しながら先に進み、1度睡眠を挟んだあと、記憶の通りそこには宝箱が置いてあった。


 これは、今すぐにでも逃げるべきなのかもしれない。


 しかし、俺の後ろに2人張り付いている上に、奴らは俺よりも強い。


 少なくとも事前準備すらしていない今の状況で、逃げられる訳が無い。


 俺は馬鹿だ。時間はあったのに、なし崩し的にここまで進んできてしまった。


「宝箱だ。開けてもらえるか?」

「........分かった」


 逃げたいと思いつつも、この現状から逃げられないと俺は知っている。


 できる限り鍵の解錠を遅らせながら、必死に頭を捻ったが結局なにも思い浮かばずに宝箱が開いてしまった。


 ここで魔導書を取りだし立ち上がった瞬間、俺はぶっ刺される。


「........え?─────ゴフッ」

「ごめんない、ごめんなさい!!」


 胸に衝撃が走る。冷たい鉄が俺の心臓を貫いた。


 しかし、痛みよりも苦しみよりも、俺は宝箱の中身の方が重要であったのだ。


 魔導書が無い。


 俺の記憶違いなのか?


 こうして俺は二度目の死を迎えた。




【冒険者】

 この世界における職業の一つ。犯罪行為以外の仕事を請け負う何でも屋であり、全世界にその支部が置かれている。

 社会におけるセーフティーネットとしての役割もあり、荒くれ者も多く世間からはあまりいい目で見られない事もしばしば。

 しかし、この組織が存在することで犯罪率が抑えられている部分もある。






 後書き。

 12時頃にもう一話上げます。

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