07「それってつまり?」




「じゃあエルン。達者でな」


 ゾリスが差し出した手を握り返す。

 冒険者協会メヌエー支部の玄関口である。ダミックたちへの報告を終え、ここでの用事はもうない。一方で、ゾリスは支部からの信頼厚いベテラン冒険者として〝大量発生〟対策チームの現場指揮を任される予定らしく、その調整のためこれからあちこち回らなければならないらしい。フィオーネたちとの遅めの朝食しか予定のない自分と違って忙しそうだ。


「そっちもね。魔物なんかに負けないよう頑張って」

「あァ。お前さんが義勇兵になれたら、いずれ向こうで出くわすこともあるだろう。その時はまたよろしくな」


 頷きを残して去っていくゾリスの姿を見送る。

 エルンの目的はあくまで匪賊の中にあるが、彼の言う通り、町の外に出る以上は義勇軍だろうが冒険者だろうが魔物・魔獣の襲撃を覚悟しなければならないだろう。逆も然りだ。元々、その討伐も募兵の背景にあるのだとしたら、侯爵領側と協会側でどのように折り合いをつけて連携していくかは、割と重要な問題という気もする。


「――マリー! もう帰るとこ?」


 朝飯前に護衛依頼完了の手続きを済ませていくというふたりに付き合って、受付に並んでいた時だった。

 声を掛けられたオルディマリーと一緒に振り向けば、先ほど会議室の端にいた若い受付嬢と、長身の女が立っていた。


「リーシャ。うん。完了報告書を提出したら、みんなで朝ご飯するつもり」

「いいなー。お腹減った。こっちは動ける冒険者の確認だとか物資の手配だとかで当分帰れそうにないよ。下っ端のつらいとこだ」

「後で、何か差し入れようか? リーシャの好きな屋台のパイとか。仕事しながら片手間に食べられるし」

「――ありがとっ! なんて優しい友人なのあんたは。リーシャ慰労勲章を上げたい気分」


 おどけた声色でオルディマリーに抱きつく受付嬢――リーシャと肩越しに目が合った。


「とと、失礼。……改めて、三等受付嬢のリーシャです」


 身体を離した少女が、被っていた帽子のずれを直してから名乗る。

 受付嬢の舟形制帽。都市の若い娘が憧れるデザイン性とは別に、横の部分に入った二本の白線が目を引く。協会の受付嬢は制帽のラインの数で階級を表しているという話だった。多ければ多いほど偉く、少ないものほど立場が弱い。先ほどの会議室での様子を思い出せば、彼女の忙しさも結構なものなのだろう。


「こちらはメヌエー支部のトップ・エースと名高い、クロエドートさん。クロエさん、私の友人のマリーと、エルンさんにフィオーネさんです」

「うわさは聞いてるよ。クロエって呼んで」


 親しみやすい笑顔を見上げながら、エルンは握った手の感触を確かめた。

 鍛えられた手。何より、伝わってくる体内の魔力密度の高さ。相当の手練れに違いない。看板に偽りなしというわけだ。長いサイドポニーを揺らすクロエは、自分よりも頭一つ分は身長がある。歳も、いくつかは上に見えた。まさに気のいいお姉さんといった感じで、腕前も合わせて興味がわいた。


うわさ・・・か。ろくなもんじゃなさそうだ」

「でかいのを仕留めたんだって。期待の新人だね。世代交代が今から怖い」

「心配ご無用。あたしは別口だ。今のところ、冒険者になるつもりはないよ」

「そうなの? それはそれで、つまらないな」


 意外そうに言ったクロエドートが、じっと眼をのぞき込んでくる。

 一瞬、オルディマリーたちが三人で話しているのを横目に見てから、こちらに視線を戻した。


「……実は、ちょうどこの前パーティーが解散したばかりでさ」

「……そりゃあ残念だ」

「それで、アタシの背中を預けられる仲間を探してるとこなんだ。大規模な合同討伐っていっても、結局はパーティー単位だからね」

「お誘いは嬉しいけど、あたしは義勇軍の方に志願するつもりなんだ。やることがあってさ」

「そりゃ残念。じゃあ、夕食を一緒に食べない? そうだね、『八本足の猫』亭なんかどう?」


 めげるどころか、熱を帯びた眼で見つめるクロエドートに、エルンも笑みを浮かべた。


「そこで勧誘の続きを?」

「それもだけど、あんたのことが知りたくなった。個人的にもね・・・・・・


 なるほど、なるほど。

 生まれて初めての体験だったが、そうかこれが・・・


 まんざらでもないといった感じに、エルンは「機会があれば」と返した。




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