06-02「報告と推薦」




 冒険者協会勲章とは、依頼遂行中に顕著な実績を上げた冒険者に与えられるものである。


 その種類と同様に、勲章授与にふさわしいとされる判断基準は色々とあるが、分かりやすいのが脅威度の高い魔物魔獣を討伐することで、さらに付け加えて、危険を冒しながらも他の冒険者や職員・一般人を救い出したとなれば、最上級のものが与えられること間違いなしだ。


 いわゆる〝勲章持ち〟は周囲の冒険者から格段の敬意をもって接されることが多く、有事の際の常備戦力として協会支部付きにスカウトされたり、引退しても役所や民間から待遇の良い職を打診されるなんてことも――。




「――すまない、もう一度言ってくれないか」


 あごに指をりつつ話を聞いていたダミックが、確認の声を上げる。


 魔物の大量発生に関する宣告を終え、会議室の議題は〝キャンプ・モルマス〟襲撃事件における一連の流れについての説明に移っていた。すでに報告書は上がっているが、あれはあくまで簡易に要点をまとめたものだ。実際に体験した者の血と汗の臭いすら感じられるような語りとは、受ける印象も大きく異なってくる。だからこそ、協会は――というよりもメヌエー支部では直接対面しての聞き取りを重視していた。


 まずゾリスが知る限りの場面を語る。コパイトの群れに襲撃され、態勢を立て直そうにも手が足りない、というところに飛び込んできたエルンたち三人組。見事な魔弓術で退路を切り開き、脱出から籠城に至るまでを先導したこと。少女の策に従って、ゾリスたちは礼拝堂の守りを固め、コパイトを撃退し続けた。


 それが終わると、今度はエルンの番だ。

 話の信憑性を確かなものにするため、逐一にフィオーネとオルディマリーの捕捉が入る。それによれば、おそらく誰より早く襲撃に気付き、施設の職員に警報を発したのはエルンだ。道中で倒したコパイトの数も、協会側の質問で正確にカウントされる。ゾリスと合流した後、すわギガント・パイトとの決戦に差し掛かったところで、ダミックから待ったが出たのである。


「はい。ギガント・パイトとその護衛を討伐するため、われわれは煙幕を利用しての囮戦術を多用しました。具体的には、私が敵の注意を引き付け、残りのふたりがその隙を突き、再び敵がそちらに気を取られたところに、とどめ・・・の一撃を食らわせるといった感じで――」

「エルン嬢。となると、君は仲間のために自ら危険を冒し続けていたということになる。あくまで一般人の君がだ」

「危険なのは、三人とも同様でした。彼女たちが恐れに負けず、私を見捨てずに最後まで協力してくれたからこその勝機です」


 ちらり、と横に座るふたりを見遣ったエルンに、協会側から関心の吐息が漏れる。

 ダミックの確認は、ある意味で様式美のようなものだった。そも冒険者という存在は、危険を冒して初めてその本分を果たせるものだ。それは今や理念としての建前であるとしても、やはり彼ら彼女らの根底には生き続けている。容易には真似のできない行動であるからこそ、その勇気と献身に敬意を払うべし、というのが協会の姿勢であり、また善良な冒険者たちの大方の意見でもある。……と、エルンは聞いていた。

 ダミックは支部長の公式な発言として、エルンを表彰するに足る理由があることを内外に示したのだ。そして幹部たちもそれを了承した。


 しかるに――二十体余りの魔物からなる夜間襲撃を受ける中、孤立した冒険者と民間人を救出し、危機的状況にあってよく味方を励まし策を練り、勇敢にも高脅威度の魔物に戦いを挑み、これに勝利した。以て残りの魔物を敗走させたことで包囲を崩す。これだけの戦果を上げた者に対して、協会は授与できる勲章を持っていない。

 冒険者勲章は、冒険者にしか与えられないのだ。


「エルン・ダ・ノランセウム。君の勇気と献身を称え、感謝と共に当支部から感状を送ろう」


 ダミックの低い声が会議室に響く。

 これが、ゾリスの言う冒険者以外への表彰だった。〝感状〟とはそのまま特定の功績に対する賞状が語源で、言うなれば民間に対する勲章代わりのようなものだ。特に、集団ではなく個人に与えられる〝個人感状〟持ちは冒険者勲章保持者とほぼ同等の扱いを受けるのが慣例らしい。

 これで、いくらかはエルンのようなよそ者でも動き回りやすくなるかもしれない。フィオーネの言う通り、推薦状もどきくらいにはなるだろう。


「ありがたく頂戴します」

「うむ。後日、正式な書面と謝礼金を用意させる。……ところで、君は冒険者になるつもりはないのかね?」


 ついでにいたとばかりに何でもない風を装っていたが、ダミックはかなり本気に見えた。

 それはそうだろう。自分の支部がある都市の周辺で魔物の大量発生が起きていて、目の前には協力的で実力を証明済みの人材がいるのだ。これで確保しに掛からない方がおかしい。


「申し訳ありませんが、先約・・がありますので」

「なっ、状況が分かっているのですか? 魔物の討伐よりも優先されることなんて――」

「よしたまえ。彼女は一般人だ。こちらに協力する義務はない」


 声を荒げた幹部のひとりを、ダミックが止める。


「だが、君に手伝って貰いたいのも偽らざる事実だ。聞かせてくれないか。先約とは?」


 冷静なふりをして食い下がったダミックに、エルンは冷めた紅茶を飲み干して言った。


「――私は、義勇兵に志願しようと思っています」

 



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