06-01「報告と推薦」
明けて翌朝。
冒険者協会メヌエー支部本館の二階会議室に、十人ほどの男女が集まっていた。縦に長い高級そうなテーブルを囲う一同の中に、見慣れない風体の少女がひとり。入室時から、いやもっといえばゾリスに連れられて冒険者協会の施設内に立ち入った時から、困惑と興味を含んだ視線が方々からぶつけられていた。悟られないようにそれとなくを心がけてくれている良識ある協会職員たちの努力のかいなく、やはりどこか場の空気も
対面に腰掛けていた壮年の男が、引き締めるように咳払いをくれる。それで、落ち着きのなかった職員たちは気を取り直したようだ。
ここに案内される道中で、向こうの面々の肩書きはゾリスから耳打ちされている。今しがた周囲をたしなめた壮年の男は、メヌエー支部を取りまとめるダミック支部長だ。両脇に座るのが副支部長と受付部長。さらに幹部級がふたり。端にいるのが、今回報告書を上げた受付嬢らしい。上役たちの揃ったすぐ隣で居心地の悪そうにしているのが印象的だった。若さもあるのだろう。まァ、それに関してはこちらも言えたことではない。
話し合いが始まるようだ。発言の機会に備えて、エルンは先ほど出されたばかりでまだ湯気を立てる紅茶を口に含んだ。
「さて、ゾリスから報告のあった件だが」
ダミックが切り出した。
弾かれたように、受付嬢がテーブルの上に用意されていた地図を広げる。
「昨夜のうちに飛ばした早馬が帰ってきた。〝キャンプ・モルマス〟の半壊を確認。敷地内にはパイト種の死体も同じく散乱するを認む、と。いくつかは獣のえさになっていたようだ」
「モルマスまで、夜間に斥候を出した? そりゃあ随分と無茶なことを」
「緊急事態だ。少々の危険は承知のこと。職員一同、常に覚悟をもって職務に当たっている」
ダミックの声に頷く協会幹部たちの横で、若手の受付嬢は同じようにしながら若干顔を引きつらせている。
今回確認に出向いたのは支部付きの冒険者と上級の職員だったらしいが、普段の現地派遣は受付嬢の職掌のひとつだとフィオーネたちに聞いた。実際に危険の報告された土地へ乗り込む順番でいえば彼女たちが優先券を握らされているのだ。仕事だと割り切っているものの、できれば行きたくないという気持ちは理解できる。
「ここ数週間の記録を調べ直した。他にも数件、いるはずもない魔物や魔獣の被害を受けたという報告があったよ」
メヌエー近郊の地図上に、重りが置かれていく。
金属製の目印は、分かりやすいほど地図の東側に集中していた。
「いずれも脅威は軽度だったそうだが、問題はそこではない。魔物・魔獣の出没地域に異変が生じている。これらの事例を勘案するに――当支部はメヌエー以西で〝大量発生〟が起きていると判断した」
宣告に対して、室内にいた者の何人かが息を呑む気配が伝わってきた。
これが一階の受付スペースであったならざわめきのひとつでも起きようものだが、ここには事前に知らされていたか、おそらくはそうだろうと断定していた連中しかいない。具体的な対策についてはこれから協議するとして、今さら驚いてうろたえることもなかった。
「すでに支部付きのやつらには声を掛けてある。支部所属の一般冒険者に関しても、こちらから公式の招集という形で動員を掛けるつもりだ。それで――」
つと話を切って、ダミックがこちらに視線を寄越してきた。
対面にではなく、はっきりとエルンの目を見つめている。ここからが本題のようだ。少なくとも、エルンにとってはそうだった。
「報告書の討伐記録には目を通した。何度もね。とても信じられなかったよ。単独でギガント・パイトを倒し、さらに八体ものコパイトを仕留める少女がいるとは。一番信じたくないのは、そんな腕利きがうちの支部に所属していないことだ。どうして冒険者じゃない?」
最後の方はおどけた調子だったダミックに、ゾリスが肩を竦めた。
同意をアピールしているのか、あるいは「俺も尋ねた」という意志表示か。推薦者が黙っているので、自分で答えるしかない。
「エルンといいます。この町に来たのは初めてで、郷里には冒険者の制度がなかったものですから。付け加えるなら、報告書には
ずっと黙っていたので、口もきけない蛮族だと思われていたのかもしれない。荒くれの冒険者を相手にすることが多い協会職員といえども、言葉は話せて意思疎通ができない冒険者と、言葉が話せず意思疎通ができない相手では、さすがに後者が困るらしい。
あるいは、戦果に誤りがあった、というところが気になったのか。若い少女ふたりだが、まだ三人で倒したという方が信じられるし、協会の面子も立つということかも。
結局、ダミックの判断でエルンがメインの討伐者、オルディマリーたちはアシストが記録につくという形になった。
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