04「今夜はお泊り」




 場所を移して、ここはメヌエーの表通りに位置する食堂『七本目の柱の向かい亭』。


 ちょうど夕飯時で、店の中は椅子の数よりも客の方が多いほどだった。客層は様々だ。依頼をこなした報告帰りと思しき冒険者の一団や、大工の見習い連中っぽい集団。親子連れの姿もちらほらと見える。大人も子供も飲んで食って騒いで、まさに大衆食堂といった感じ。


 長テーブル席の中央を占める三人組の前に、大皿に盛られた料理が運ばれてくる。メヌエー名物のプラチャプカ(甘辛く味付けした鶏肉と、蒸かして潰した芋を混ぜ合わせた料理。通称鶏芋)に、ここでもまたたっぷりとチーズが掛けられているのを見て、フィオーネが目を輝かせた。もちろん、エルンも身を乗り出すくらいにはテンションが上がっている。


「――はいはい、前をごめんよ。ツィタード三人分。それから羊肉のあぶり焼き。添えてある塩を振ってね」

「わっ、ありがとサラ姉♡ ……ってあれ? これ頼んでないよ?」

「そっちはサービス。――聞いたよ。やばい魔物に襲われたんだって? 無事でよかったよ、フィオ。ほっとした」


 追加で果実酒を持ってきた給仕のお姉さんとは知り合いだったらしい。

 いかに大変な一夜だったかと興奮するフィオーネの話を、彼女は腰に手を当てて興味半分心配半分といった様子で聞いていた。と、そこへ他のテーブルから声が掛かる。


「すぐ行くよ! フィオ、また後でね。――お連れさんも。楽しんでって」


 快活な笑みを残して、お姉さんは立ち飲み連中の隙間を縫いつつ先ほどの客へ注文を取りにいった。


「もー、サラ姉。これからがいいとこなのに」

「あたしがコパイトの頭をかち割ったシーンが? ……どう思う、マリー?」

「そうね。――食堂ここでは受けが良くないかも」


 まったく同感だ。


 話題を変えるように、オルディマリーが大皿のプラチャプカを取り分けてフィオーネの前に置いた。ついでにエルンにも手渡してくれる。礼を言ってから、やや大ぶりなスプーンを握る。食欲を刺激する匂いに、そういえば〝キャンプ・モルマス〟を出てから何も腹に入れていなかったことに気付いた。


「おいしー♡」

「ほんと。フィオが行きつけだって言ってただけある」


 やけどしそうになった舌を冷えたツィタードでごまかしながら、エルンは何度も頷いた。

 ところどころにしっかりと硬さの残してある芋の触感もそうだが、特に鶏肉の味付けがたまらない。何の調味料だろうか。マイルズの出す料理も美味しかったが、これはあれ以来の衝撃だ。ミレットへのひいき・・・をなしにしても、勝るとも劣らない味といっていい。


「それにしても、もううわさ・・・が回ってるんだね」


 一口大にちぎったパンを片手に、オルディマリーが言った。


「サラ姉が知ってるくらいだもんねー。他の人たちがしゃべったのが、巡り巡ってわたしたちのとこまできたって感じかな」


 フィオーネの予想通り、出所は分かり切っていた。

 ゾリスのところにいたさほど重傷でもない冒険者たちは、先刻の別れ際の様子を思い出すに酒場へ繰り出す気が満々だったし、酔いが回るよりも早く武勇伝を語りたくて仕方なかったのだろう。南門の周辺には目撃者が大勢いたし、そういう線からも話が広まっているのかもしれない。


「これは、明日が大変そうだね」

「うん。エルンは特に注目されちゃうかも」


 こちらの事情を理解してくれているふたりが、同情と期待の視線をくれる。


 先ほど四人に呼び止められた時の話だ。それが、こうして卓を囲っている現状にもつながるわけだが――。


 まず口火を切ったのはブルムで、ここまで送り送られたことへの礼を述べつつ、近い内に挙げられる孫娘の結婚式にぜひ参加してほしい、と言ってきた。それについては特に断る理由もない。日程が用事・・に重ならなければ、とエルンが承諾したところ、「寝坊は――」などとほざいてからベネリとジョスを引き連れて去っていった。早く孫の顔を見たかったらしい。


 お次はフィオーネとオルディマリーの番で、せっかく知り合って共に危地を乗り越えた三人であるし、このまま別れるのは惜しいから夕飯を一緒しようとの申し出だった。土地勘のないエルンには店選びすら勝手が分からないわけで、この提案はありがたかった。それに、ふたりと別れがたく思っていたのはエルンも同じだ。出会ったばかりとはいえ、あれだけ刺激的な夜を共にしたのである。


 地元の人間らしくおすすめの店をどんどん並べていくフィオーネたちに、これは長くなると判断したのだろう。申し訳なさそうにしながら、今まで黙っていたゾリスが割って入ってきた。いわく、今回の襲撃事件と〝キャンプ・モルマス〟周辺の状況について、明日冒険者協会に報告をするから同席してほしい、とのこと。三人ともらしい。フィオーネとオルディマリーは護衛依頼の件もあるから関係者だが、エルンは偶然居合わせただけの部外者だ。そりゃあ、多少は・・・手を貸したけども、まずもって冒険者ではない。説明くらいは別に構わないが、それならわざわざよそ者を連れて行かずともゾリスだけでも足りるのでは。


 首を傾げたエルンに、苦笑しながらベテラン冒険者は言った。冒険者でなくても、有事に際して相当な功績が認められれば表彰と協力に対する謝礼金が出るらしい。その紹介のために同席は必要だとのことだった。「推薦すると言っただろう?」と、したり顔を浮かべるゾリス。そういうことなら――まァいいか。彼の顔を立てる意味でも、同行するかという気になった。表彰はともかく、謝礼金は悪くない。ぼちぼち路銀も尽きそうなところだし。


 話はまとまった。冒険者協会メヌエー支部までの行き方を尋ねたエルンに、待ってましたとばかりフィオーネが身を乗り出して手を挙げた。晩飯をみんなで食べてから、今夜は自分の家に泊まっていけばいい、と。支部への案内は、その流れで明日フィオーネたちがしてくれるらしい。若い娘の勢いに押されるまま、ゾリスは「じゃあそれで」と納得して仲間のところに戻っていった。


 そのまま、はしゃぐフィオーネに手を引かれるまま町へり出し、今に至るというわけである。


「参ったね、どうも。よそ者が目立って、良いことなんかひとつもない」


 油脂あぶらがしたたる羊肉にかじりつきながら、エルンはぼやいた。


 話に乗っておいて何だが、ここまで騒ぎになってるとは誤算だった。この分だと、明日の協会支部内は結構な野次馬が出そうだ。マイルズもミレットも、ブルムも、フィオーネにオルディマリー、ゾリスも。森を出てから知り合った人たちはみんな好意的に接してくれたが、さすがにこれからもそれが続くと思うほど自分は楽天家ではないし、人間の善性とやらを信じてもいない。あんなことがあったばかりであるし。

 とはいえ、一度受けた手前、今さら辞退というわけにもいかない。せいぜい、絡まれないように祈るだけだ。


「でも、これで義勇兵の応募に箔が付くかも!」

「そうね。腕の立つ人材はひとりでも多く確保したいだろうし」

「……確かに。そうだね。遅かれ早かれ、か」


 べとべとになった指先をねぶって、エルンはふたりの励ましに感謝した。

 ここまで来て人目を気にしていても仕方ない。目的のためなら、利用できるものは何でも使う。すべて覚悟の上で飛び出してきたのだ。


 夜は更けていく。やがて『七本目の柱の向かい亭』から出てきた三人の後ろ背が、町の暗闇の中へ消えていった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る