03「メヌエーの町」




 〝キャンプ・モルマス〟の長い夜が明けた。

 群れの長を討たれ、残っていたコパイトたちはそのまま森の奥に姿を消す。追撃の要なし、とエルンとゾリスの判断が一致したことで戦いは終わった。


 朝日ではっきりと見えるようになった被害の跡は、思っていた以上にひどいものだった。厩舎の中では馬の大半が食い荒らされ、荷を積んでいた車体もそのほとんどが壊されていた。積み荷自体は手を出されていなかったものの、敷地内に散乱した有様を見ればそのうち何割が商品価値を保っているかはあやしいところだ。


 特に、建物は半壊といっていいほどの壊れようだった。造りのしっかりしていた礼拝堂が比較的原型を保っていたが、その他の部分はおよそ拠点として使用できる状態ではない。

 結果的に負傷者は多く出たが、死者の数はゼロということだけが救いといったところか。


 そういった状況を一通り確認した後、一同はすぐにメヌエーを目指すことになった。

 使える状態で残っていた荷車をかき集め、長距離の移動に耐えられそうにない者を乗せる。それ以外は、商人だろうが冒険者だろうが歩く。何人かの商人は荷を置いていくことに難色を示したが、野晒のざらしの施設でまたいつ次の襲撃があるかもしれないとゾリスが言えば、黙って従った。この辺りはもう安全な土地ではなくなったのだ。待っていても助けは来ない。けが人の移送、危険地帯からの脱出、残していく荷の回収を依頼するためにも、いまはメヌエーに向かうしかなかった。


 元々、モルマスから町までは一日の距離だ。

 負傷者を連れた歩きでの移動でも、早朝に出発してその日の夕方には町を囲む市壁を遠目に臨める地点までたどり着いた。






 シャンドリー侯爵領は、領主の直接支配する地域を除いていくつかの属郡が置かれている。


 南部に位置する都市メヌエーはその属郡統治の中核都市としての性格を持っており、それなりの規模の町だった。敵の侵入をはばむ市壁は高く、遠方からの異変を察知するための監視塔も多い。日の沈みゆく中、エルンたちは町の南門へと回った。


 門のすぐ上の方、いわゆる城楼に高々と掲げられた旗を見て、あちこちから安堵の息が漏れる。メヌエー出身の者たちだろう。魔物に夜通し襲われ、それからの強行軍だった。見慣れた故郷に帰ってきたと実感したことで、ようやく緊張から解放されたのだ。それは、フィオーネやオルディマリーも同じらしい。ここまでよく脱出の指揮を執っていたゾリスの表情にも、いくらか気の抜けた感じが見えた。


「……どうにかたどり着けたな」

「あァ。なんか泣きそうだ。俺」

「ギガント・パイトに襲われたのに生きて戻ってきたなんて言っても、町の連中は信じねえだろうな……」

「早くあのに会いたい。町を出る前に言ってくれたんだ。無事に帰ってきてって――」

「『八本足の』の看板娘か? 俺も言われたぞ」

「俺もだ」

「――は?」


 道中は口を開くことさえしんどい・・・・といった感じに言葉数の少なかった冒険者や商人たちが、一斉にしゃべりだした。


「エルンのおかげだ。お前さんがいなかったら、俺たちは今頃揃ってやつの腹の中か」

「うんうん、ありがとー♡ エルン♡」


 ゾリスが笑いながら言った。

 隣を歩いていたフィオーネも、脱力したように抱き付いてくる。


「でも、ほんとにすごい威力だったね。エルンの弓。ひとりで半分以上倒しちゃったんじゃないかな」

「これでも地元じゃ〝泉守いずみもり一の弓取り〟って言われてたからね。マリーの中級魔術だって完ぺきだったよ。良い連携だった」

「ふふ、ありがと。これでも冒険者だから」


 冗談交じり、土ぼこりにまみれた顔でオルディマリーは照れくさそうに微笑んだ。


 町の門に近付く一行を認めた見張りが誰何の声を上げる。

 代表して、ゾリスが前に出ていった


 ――魔物の襲撃あり。〝キャンプ・モルマス〟は拠点としての機能をほぼ喪失。けが人多数。受け入れを乞う。


 簡潔に口上を述べ冒険者の身分証を掲げたゾリスに、見張りの兵たちは上司に報告の伝令を出しながら一行を通してくれた。どさくさまぎれにあっさりと中に入る。助かった。この辺りのルールは分からないが、明らかによそ者の風体をしたエルンひとりなら、もしかすると止められていたかもしれない。


 こんな情勢だ。一般人を装って、賊が町の中に潜入することだって考えられる。というか、バレていないだけで普段からそんなことはままあるだろう。閉鎖的な集落や小さな村でもない限り、住民すべてを把握することは難しい。羽を伸ばしに来た連中が目立った悪さをしないから表面化していないだけだ。

 東の方と違って、メヌエー周辺には賊の侵入がまだ少ないらしい。だから警戒が緩んでいるというわけでもないだろうが、何にせよエルンには幸運ラッキーだった。


 門の内側すぐのところにある広場に、けが人が運ばれる。治療のできる者を呼んでこい、と町の奥へ人が走っていった。


 騒がしくなる場を遠巻きに眺めながら、エルンは息を吐く。どうにか、第一目標は達成した感じだ。あとはゾリスが上手くやるだろうし、そもそもそこまで含めてが彼らの仕事だ。これ以上ここに留まって警備兵に余計な詮索をされる前に、離れた方がいいか。そう思ってきびすを返したエルンの背に、ふと声が掛かった。


「「「「――エルンっ」」」」


 四人分。

 すっかり聞きなれた声に、エルンは足を止め振り返った。




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