02-10「冒険者の少女s」




「後はお前だけ……‼」


 隙をついて砲弾を装填したエルンの周辺が魔力光で照らされる。

 発射の寸前。いきなりギガント・パイトが突進してきたかと思えば、地面に片手を突き入れて力任せにめくり上げた。視界いっぱいに広がる土砂の壁で何も見えなくなる。とにかく正面だ。右手を放す。土のカーテンに大きな穴を空けて飛んでいった砲弾の先に、やつの姿はない。


「――ベネリ、左だ!」


 体重を思い切り傾ける。

 急な曲線を描いて転回したエルンの右側面を、ギガント・パイトの鋭い爪が通り過ぎていった。投擲もやっかいだが、あの長い腕を活かした薙ぎ払いも強烈だ。もっと懐に飛び込まなくては――。

 距離を詰める相手の攻撃を躱しながら、エルンは残っていた煙玉をすべて投げ放った。反対側に展開していたものとつながって、ギガント・パイトだけが煙幕の中心に取り残されるような形になる。こちらの姿を見失ったのだろう、近付くなとばかりに必死に手を振り回しているのが煙越しにも伝わってきた。


 止めの一撃を与える隙を作り出すために、ギガント・パイトの周りを駆け回る。ベネリが来てくれてよかった。訓練された馬ほどの速さはないが、その分小回りで勝る。何より徒歩と違って移動と回避を任せられるので、エルン自身は攻撃に専念できるのがありがたい。


 位置取りを争う攻防が続いた。できれば背後を取るか、正面に踏み込んで頭を狙いたいところだが、それは向こうもお見通しだ。無事な方の腕で馬車の残骸を盾にして、絶えず動き回ることで背中を隠している。魔力砲弾の貫徹力を頼りに強引な攻めに出るのも手だが、外すか有効打にならなければこちらの位置を晒すだけだ。魔物の反応は早い。次弾の装填はとても間に合わないだろう。脚を狙ってまず動きを止めるのも、同様の理由で確実ではない。


 だが時間をかけ過ぎれば煙幕の効果も切れる。一か八かだ。短弓を握る手に力を込めた時、煙の隙間から向こう側に魔導杖が見えた。


「――――ッ‼ 合わせろ、マリー‼」


 刹那の直感に従って、エルンは叫んでいた。

 ベネリの腹を両脚で締め上げ、まっすぐに駆け出す。煙の中から飛び出した一騎に、ギガント・パイトがすばやく向き直った。構えた弓の輝きが増していく。


 しびれを切らしたな、とでも言いたげにギガント・パイトが吠えた。しっかりと身体の急所を馬車で覆っている。魔力砲弾の威力なら木っ端同然だということくらい向こうも承知だろう。あれはエルンの視線を切っているのだ。いかに弾速が速かろうと、射られることとその発射点が分かっていれば躱せないものではない。特に俊敏性に長けたパイト種である。当たらない自信があるに違いなかった。


 無謀な正面突撃に出た獲物を始末しようと、ギガント・パイトが片足を動かす。地面に転がっていた馬の死体を蹴り飛ばそうとしていた。まともに食らわなくても、エルンが弓を射る邪魔にはなる。上手くいけば、貴重な一発を無駄撃ちにできるかもしれない。そうなれば、後は蹂躙するだけだ、と――。


 小さく振り上げた瞬間、真逆の軸足に側面から何かが突き刺さった。

 人間大の氷塊が関節部分をひしゃげさせている。キックの寸前だったこともあり、バランスが崩れた。巨体が膝をつく。ギガント・パイトがとっさに振り返った先に、魔導杖を構えたままのオルディマリーがいた。


 魔力の外力変化、氷系の中級魔術だ。

 普段ならものともしない一撃だっただろうが、この土壇場で不意打ちに弱点を狙われてこうなった。そして思い出す。正面だ。


 駆け込んだエルンが、すぐ手前にいた。馬車のガードは下がっている。


「――とっておき・・・・・だ」


 ありったけの魔力を込めた砲弾が、ギガント・パイトの頭を吹き飛ばした。




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