02-08「冒険者の少女s」




 ほこりだらけの屋根裏を抜けて、屋上につながる梯子を上った。

 施設整備用のハッチから頭だけを覗かせて周囲を見渡す。屋根を伝っていったところに、礼拝堂には付き物の鐘楼が残されていた。身をひそめるにはもってこいの場所だ。引っ張り上げたフィオーネたちに「あそこだ」と身振りで示してから移動する。

 風が強くなった。古めかしい造りの尖塔頂上は、大人がふたりずつ腕を伸ばして四隅に並んだくらいの広さしかない。ただ釣り鐘が小ぶりな分、上のスペースには余裕があった。塗装のはがれた石製の手すりに近付いて、エルンはそこを狙撃場所とすることにした。


「――いたよ。でかぶつ・・・・だ。広場の中央に陣取ってる」


 左右の手が弓で塞がる以上、先ほどのように単眼鏡を使って監視するわけにもいかない。

 魔力を集め両眼を強化したことで、瞬きの直後に視界が夜間対応に切り替わった。単眼鏡は見えにくそうにしているフィオーネに渡してやる。


「コパイトの姿はない。まだ屋内に残っているみたいだ」

「それって安心材料? それとも焦るべきかな?」

「気の持ちよう次第だね。どっちにしろ、おっ始まったらすぐに飛び出してくるさ」

「あァ。いま不安になった」

「心配し過ぎだ。お山の大将さえ片付ければ――ちょっと待った。マリー、あれ見えるか? 厩舎だ」


 隣で魔導杖を握りしめていたオルディマリーの緊張をほぐしてやりたかったが、一時中断だ。


「うん、見えてる。あれは……馬を運んでるの?」

「献上品だよ。人間の次に食いでのある獲物だ。くそっ、こうなるよねそりゃ」


 ぴくりとも動かない馬の体を引きずって、厩舎からコパイトが出てくるところだった。

 施設内に備蓄されている食料など質、量ともにたかが知れている。空腹を持て余した魔物たちがどこに行きつくかなんて、自ずと限られてくるというのに。失念していた。

 ベネリとジョスもやられただろうか。厩舎では柵があるだけで、馬たちは繋がれていない。運が良ければ逃げることはできる。ブルムの言う通りならまだ希望はあった。


「う、うわー。丸かじり……」


 ギガント・パイトが口もとを真っ赤に染めるのを見て、フィオーネがドン引きしていた。

 待ちわびたとばかりにむさぼる。やつが最初の投石から目立った動きを見せなかったのは、コパイトたちに狩りを任せていたからだ。群れを率いる権威を示すだとか、若い連中に狩りの仕方を教えるだとか、色々と理由はあるのだろうが、一番はサイズだ。森の中ならいざ知らず、あの巨体で建物の中に入ってくることは難しい。手当たり次第に壊して、瓦礫の中から食べられる肉を掘り出す作業を嫌がった結果の上に、こうして束の間の休戦となっているのだ。


「ちょうどいい。食事に夢中になってるところを狙い撃ちにする」


 魔導短弓を構えて、エルンはゆっくりと魔力を巡らせた。


「フィオ、衝撃に備えて盾を構えといて。マリーは下を見張って。コパイトの邪魔が入ったら面倒だ」


 装填中はあふれ出す魔力の光で居場所が丸分かりになる。かといって、しょぼい魔術でギガント・パイトほどの大物を仕留めるのは厳しい。どうせ撃てば射点は割れる。発光で気取られるより早く魔力を練って発射態勢を整えるしかない。一度に大量の魔力を注ぎ込んで急速装填。増幅させたところに右手で魔術を構築していく。魔力矢じゃ駄目だ。硬い毛皮で弾かれないように、貫徹力を重視した砲弾型を番える。


「――お返しだ。受け取りな」


 突風が吹き荒れ、盛大に揺らされた釣り鐘が音を鳴らす。

 猛烈な勢いで飛んでいった魔力の砲弾が、閃光と轟音に気付いて立ち上がったギガント・パイトを正面に捉える。この間合いだ。いかにパイト種の俊敏性でも躱し切れるものではない。苦し紛れに馬の死体を放り投げたところで――――


「――ッ⁉」


 鈍い音が響き渡る。

 頭を吹き飛ばすかと思われた一撃は、しかし軌道をわずかに逸らされて森の奥に消えていった。

 ぎりぎりのところで真横から腕をぶつけて弾かれたのだ。片腕は使えなくなったようだが、やつはまだ動ける。仕留めそこなった……‼


「くそっ、直前で反応された! フィオ、マリー! ずらかるよ! ここにいちゃマズい‼」


 とっさにフィオーネの肩を抱き、オルディマリーの腰に腕を回す。

 強引に鐘楼から飛び降りた直後、自分たちのいたところ目掛けて何かが突っ込んできた。崩れ落ちる尖塔の瓦礫が背中に降りかかる。視界の隅で、ぐしゃぐしゃになった馬車が滑り落ちていくのが見えた。


「片腕でこれか……⁉」


 吐き捨てて、エルンはすぐさま立ち上がった。


「立て、ふたりとも! 次がくる! 狙われるぞ!」


 引き起こしたフィオーネとオルディマリーを庇いつつ、屋根の上を走る。

 たちまち、前後に投石が着弾して粉塵が舞う。ふたりを先行させて弓を構えた。十分に魔力を溜める余裕はない。広場に向かって通常の魔力矢を撃ち返しながら、整備用のハッチを目指す。あと少しというところで、目の前に岩塊が突き刺さった。


「出口を……⁉」

「もう足場が……‼」

「仕方ない! 飛ぶよ、ふたりとも!」

「飛ぶって、ここから⁉」

「三階分の高さだよ⁉」

「飛ばなくてもやられる! ほらっ――イチ、ニ、サン……‼」

「「きゃあああああああ⁉」」


 三人同時にジャンプ。

 わずかに遅れて、屋根が吹き飛んだ。




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