02-07「冒険者の少女s」




 脱出は成功した。


 逃げ込んだ先の礼拝堂にも数匹のコパイトが入り込んでいたが、施設側の用心棒と戦っていたところへ突入したエルンたちによって排除された。けが人を奥に集め、すぐさま出入口を固める。補強できるものなら何でも使った。テーブルでも椅子でも、祭壇の跡まで。

 コパイトの強みは何より俊敏性だ。森林や立体的な建物の中では三次元的な動きで厄介だが、こうして狭い場所の平地戦に持ち込んでしまえば人間相手の戦いと大差ない。障害物を上手く活かせば、数の不利もある程度はごまかせる。


 攻めあぐねたのか、しばらく侵入を試みていたコパイトたちが囲いを解いた。遠ざかっていく気配に、防戦していた冒険者たちはあちこちで座り込んだ。集中が切れたのだろう。奇襲を受けてから今まで、休むことなく緊張状態を強いられてきたことを思えば無理もなかった。


「くそっ、あいつら何匹いやがるんだ。もう十匹はやったのに」

「数も問題だが、こんな浅いところにパイト種が出ることも妙だ」

「やっぱり、大量発生してるってうわさは本当だったんじゃないか?」


 補強した壁の見張りに立ちながら、エルンは冒険者たちが不安そうな面持ちで話すのを聞いていた。


 短期間で魔物や魔獣が大量に発生するという現象は、そう珍しいことではない。ノランセウム大森林でも、大規模なものを除けば結構な頻度で起こることだ。そうして生態系が崩れた結果、不足するえさ・・や安全なねぐら・・・を求めて魔物たちは人間の生活圏に進出してくることになる。まるで、打ち寄せる波のように。


 コパイトたちも、腹を空かせていたのだろう。猛烈なえに突き動かされるまま襲撃したものの、想定外に手痛い反撃を受けて一度引き下がったというところか。食いで・・・の面でも人間が獲物として望ましいのだろうが、群れの仲間が大勢狩りに失敗していく中で、まだひとりも捕食できていない。ひとまずは物足りなくても他の食料を探しに行った方が良い、と敷地内に散っていった。あくまで一旦は。飢えを覚えた魔物は、そこらの獣の比ではないほどに執拗だしつこい。一度狙いを付けた獲物を完全に見逃すということは絶対にない。人間が残してきた食料を食い漁れば、必ず戻ってくる。

 再度の襲撃を受け止めきれるかは、エルンの見回した限り微妙なところだった。


「――エルン。水もらってきたよ」

「見張り、私たちが代わるから。あなたも少し休んで。ね?」

「ありがと。フィオ、マリー。お言葉に甘えるよ」


 傍にやってきたふたりに、思考を切り上げる。

 木桶にまれた水を受け取って、三分の一ほど飲み干した。それからひとすくい、布に含ませる。べたついて・・・・・不快だった返り血と汗を拭った後、隣で催促するカラミッカにも分けてやる。


「この猫ちゃん、エルンが飼ってるの?」

「カラミッカだ。旅の道連れみたいなもんかな。いつの間にか付いてきてた」

「かわいいー♡ 触ってもいい?」

「好きなだけ撫でてやって」


 しゃがみ込んで視線を合わせたフィオーネに、カラミッカは大人しく構われている。

 時折、うらやましそうな様子でオルディマリーがちらちらと視線を寄越すのが微笑ましくて、エルンはしばらくふたりを眺めていた。


「――大物だな、嬢ちゃんたち。魔物よりも猫の方が気になるか」


 笑い声に顔を向ければ、近付いてきたのはあの年長な冒険者だった。

 止血した額には布の切れ端が巻いてある。動きや周囲の態度から見て、おそらくはこの男が冒険者たちの指揮を執る役目なのだろう。フィオーネやオルディマリーが特に反応しているわけでもないから、それぞれ護衛する商人が違うのか。


「これからのことを相談しにきた。この中じゃ、嬢ちゃんが一番腕利き・・・みたいだからな」

「見る目がある。――エルンだ」

「ゾリス。コパイトを一撃で倒しちまうやつを見逃す方が難しいさ。しかも何匹も。ここまで撤退できたのはほとんどお前さんのおかげだ。冒険者協会勲章ものの働きだぞ」

「メヌエーに着いたら受け取るよ。……まァ、あたしは冒険者じゃないけど」

「その強さで? 逆に何をして生きてきたんだ⁉」

「ある意味、同業かもね」


 信じられないと言いたげなゾリスに肩をすくめて、エルンは続きを促した。


「いつでも推薦状を書くぞ。――まァ、それは後だ。どうする?」

「このままじゃさっきと同じだ。守りは固めた。次は打って出る」

「だが、戦えるやつは少ないぞ。籠城だから対処できてるが、怪我で満足に動けないのもいる。やりすごせないか?」

「ほっといたって居なくならない。外の広場にはギガント・パイトもいる。あいつを仕留めないと駄目だ。その気になったら建物ごとやられる・・・・

「なんっ……⁉ くそ、よりによって⁉」


 相手はコパイトだけだと思っていたのだろう。動揺をまぎらわせるようにゾリスがこぶしを握る。

 ギガント・パイト単体でも、手練れの戦士が複数人で囲って討伐するべき相手だ。こちらの戦力はエルンを入れても十人程度。半数は手負いだ。まともにやっても死体が増えるだけなのは分かり切っている。


「今度はこっちが奇襲をかける番だ。あんたたちは現状のまま礼拝堂の守りを頼む。あたしが天井裏から抜け出して屋根に上る。何とかあのでかぶつ・・・・を仕留めるから、コパイトの群れが浮足立ったところを森まで押し返そう」

「待て、お前ひとりで行く気か? 相手はギガント・パイトだぞ。単独じゃ無理だ」

「ここの人手は減らせない。不意打ちなら――」

「――わたしたちも!」


 横合いから、フィオーネが声を上げた。


「エルンに付いていく。何ができるか分からないけど、一緒にいるよ」

「私も、生き残りたい。だから、エルンに考えがあるなら私たちも一緒に戦う」


 まっすぐにこちらを見つめるフィオーネとオルディマリーに、言いかけた言葉を呑み込んだ。

 真剣な眼だ。死の迫った中で、それでもあきらめず覚悟を決めた者のそれだった。


「――それでいこう。あたしたち三人でやつをやるんだ。必ず生き残る」


 ふたりの顔を見回して、エルンは言った。

 


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