02-06「冒険者の少女s」



「部屋に入って! 急げ急げ! 早く!」


 いくつか持ってきていた陶器の丸瓶を放り投げる。

 こちらへ殺到しつつあったコパイトの群れの手前に転がったそれは、落下の衝撃で割れた瞬間、周囲に色のついた煙を撒き散らした。魔物魔獣除けの香草から作った煙玉である。この状況では時間稼ぎ程度の効果しかないが、幸いに目的の部屋はすぐそこだ。フィオの背を押しつつ、飛び込むように中へ入った。


「――わー⁉ こっちも⁉」


 声を上げたフィオーネに、部屋中の視線が集まった。

 窓から押し入ろうとするコパイトに、それを食い止めようと武器を持って集まる冒険者の男たち。侵入こそ許していないが、数人は手傷を負っているようだった。隅の方で固まっている商人たちがパニックになっていないのは助かったが、時間の問題だろう。


「お、おお! 嬢ちゃんたち無事だったか! 動けるなら手を貸してくれ!」


 年長の男が叫ぶ。

 額を切られたらしく、左目を閉じていた。垂れてくる血を拭う暇もなかったのだろう。


「フィオ、ドアを押さえろ! マリーはそっちだ!」

「わ、分かった!」


 冒険者を援護するため、オルディマリーが詠唱を始める。

 エルンとフィオーネは、ふたり掛かりで木製のドアを押さえた。廊下側のコパイトは、すでに扉一枚はさんだ向こうまで来ている。衝撃が加わって半開きになるたび、商人たちから悲鳴が上がった。

 こちらの棟は、元々倉庫として使われていた区画らしい。エルンたちの部屋よりも倍ほど広い空間は、そもそも立てこもるのに向いてない。このままではジリ貧だと、みんな分かり切っていた。

 がちゃがちゃと鳴る蝶番に青い顔をするフィオーネの隣に、ふとドアを押さえる手が増えた。


「……ブルム⁉」

「お前さんも、今度は寝坊せんかったようだな」


 細い身体でもたれ掛かるように支えながら、老人は強張った笑みを浮かべる。


「元気そうでよかった。――まだメヌエーに着いてない」

「……あァ、こんなところで死ねるか。わしは孫娘の花嫁衣裳を見るぞ」


 頷きを返して、エルンは窓際の男に向かって叫んだ。


「ここはもう限界だ! 全員で礼拝堂まで退いて態勢を立て直そう!」

「同感だな! だがどうやって⁉」

「こっちで突破口を作る! 合図したら窓は捨てて、全員で脱出するんだ! 先導する!」

「……よし乗った! 聞いてたな、お前ら⁉ 遅れるなよ! 嬢ちゃん頼んだ!」

「マリー! マリー、ここはいい! そっちだ! 護衛対象を守れ!」


 室内の人間が脱出に向けて位置取りを変更する。

 冒険者たちはコパイトの追撃を往なしながら撤退できるよう、殿軍の配置に。商人たちは小さくまとまって中央に集まる。戦うすべのない彼らは魔物からすれば格好の獲物だ。群れから逸れたら、待っているのは残酷な結末だけ。それが分かっているのだろう。緊張の脂汗を流しながら、ぎらついた目でエルンを見つめていた。


「エルンっ、どうするのー⁉」

「少しだけふたりで頑張って。あたしが声を掛けたら、一斉にドアから離れる。いいね⁉」

「少しだけ頑張って、その後ドアから離れる!」

「完ぺきだ。それじゃ頼んだよ!」


 エルンが離れたことで、ドアの開き具合が一気に増した。

 隙間から強引に腕を差し込んで、コパイトが長い爪であちこち削りまくる。そのどれかひとつがかすめただけで人間の柔らかい肉などすっぱり断ち切れてしまうのだ。怖気を必死に堪えながら、フィオーネとブルムは押し返した。

 左腰の弓袋から短弓を取り出し、ドアの正面に向かって構える。番える矢もなければ、弦もない。これがエルンの弓。精霊の宿ると云われる大木から作った魔導短弓だ。

 左手に魔力を流せば、まず光の弦ができあがる。それを引きながら、右手で魔力矢を番える。装填した魔力が十分となり周囲にあふれ出した。


「――いいぞ! 離れろ!」


 エルンの合図で、ふたりは弾かれたように左右へ跳ぶ。

 抵抗の無くなったドアが完全に開くよりも早く、エルンは引き絞った右手を放した。木製の扉を突き破って、光の矢がコパイトを襲う。先頭の一匹の胸を抉り抜いた後も勢いは止まらず、部屋に入ろうと連なっていた残りの二匹の頭と肩を吹き飛ばした。


「今だ――‼ 全員走れ……‼」


 真っ先に飛び出し、手負いのコパイトにとどめの一射を打ち込む。

 足を止めることなく駆け出した。礼拝堂へ。後ろにフィオーネとブルムが付いてきているのを感じながら、エルンは廊下に立ちふさがる新手のコパイトへ弓を構えた。




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