02-04「冒険者の少女s」




 多くの旅人が直面する困難のひとつは、睡眠不足だ。

 最低限の簡易な寝具しか持てない彼ら彼女らは、暗闇という怪物とも戦わねばならない。夜営は過酷だ。都市の中にいたのでは想像もつかないほどに。肉体よりも、精神が先に参る。わずかな焚火の明かりが照らす外側、どこまでも続く闇の中から、いきなり盗賊や獣が飛び出してくるかもしれないという恐怖。日中に歩き通した疲れを身体は訴えてくるのに、話に聞いた魔物の醜悪さや残虐性がやたらと思い出されて、目はえるばかりになる。


 〝キャンプ・モルマス〟のように屋根と清潔な寝具が揃っていても、ここはあくまで森の中だ。施設側も不寝番を用意してくれているが、だからといって朝までぐっすり・・・・とはいかない。商人たちは交代で起き出して荷物や馬の様子を確かめにいかなければならないし、寝込みを襲われたくないならそれなりの・・・・・備えをして然るべきだ。


 寝台の上で、エルンは目を開いた。

 枕元には、こちらの顔面に触れるかどうかというところまで前脚を伸ばした小さな影がある。

「ミカ。何があった?」

 物音を立てないよう、静かにベッドを降りて窓に近寄る。


 魔物魔獣が多く棲息するノランセウム大森林で、精霊の泉の守り手として歩哨に立つこともあるエルンの一族は、自分が眠っている間の夜警代わりに夜行性の獣を飼い鳴らす習慣があった。身軽にも窓枠にジャンプしてこちらを見上げてくるのは、ヤマネコのカラミッカ。エルンがミカと呼び集落で可愛がっていたこの猫は、あのくそったれ・・・・・な郷里を飛び出した時、気が付けば荷物にまぎれ込んでいたのだ。以来、エルンが睡眠をとっている間はカラミッカがその目となり耳となってくれる。毎回、起こすのに顔を踏んでくるのはやめてくれないけど。


「……不寝番はどこだ?」


 少しだけ窓を開いて、隙間から外の様子を窺う。

 篝火かがりびの傍で立っているはずの見張りは姿を消していた。イヤな気配がする。荷物の中から片手に収まるぐらいの筒を取り出して、右目でのぞき込む。あっと驚き、暗闇がまるで昼間のよう――ってのは言い過ぎだけど、手に取るように見えた。一族に伝わる魔導製の単眼鏡だ。魔術で直接視力を強化しても同じことができるが、こっちの方が楽だった。


ツイてない・・・・・やつはどこだ……? 頼むから、居眠りしててくれ」


 敷地内を見回していると、端の方で何かが動いた。

 周囲の木立に隠れていく格好で、二本の足が地面をっていた。引きずられているのは一目瞭然だ。


「こいつはマズいな。ミカ、ふたりを起こせ」


 カラミッカの背中を撫でて促せば、小さく鳴いてから離れていく。

 ふと、玄関の扉が開く音がした。単眼鏡を巡らせれば、馬の様子を見に起き出したらしい男が厩舎に向かって歩いている。


「駄目だ、駄目だ駄目だ。早く中に戻れっ」


 手探りで弓を掴んだエルンが、隙間から構える。

 その瞬間、男の胸に何かが突き刺さった。鈍い声を上げて倒れる。悪態をきそうになるのを堪えて、発射元を探す。

 再び単眼鏡を覗き込んだ先。敷地と木立を隔てる木柵の手前だ。目が合った。こちらに向かって、何かを振りかぶっている――――



「――伏せろっ!」



 轟音とともに、窓が吹き飛んだ。




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