02-03「冒険者の少女s」




 夜営の根拠地に着いた。


 ブルムの言った通り、日が沈むにはもう少しかかりそうな頃合いだ。街道から外れたエリアが結構な規模で開拓されていて、木こりの休憩所というには意外なほど広々とした印象を受ける。簡素な看板もどきには、〝キャンプ・モルマス〟の文字。


「モルマス駐屯地?」

「一度、南部視察にきた領主さまの軍が立ち寄ったらしい。それから、地元の人間がふざけてそう呼んでる」

「軍の野営地跡ね。広いわけだ」


 木製の柵で囲まれた敷地内には二、三十人ほどの先客が集まっていて、大型の荷馬車を端の方に並べようとしていた。

 こちらは大した荷物もない個人旅だ。ベネリとジョスを厩舎に入れて、宿泊所に足を向ける。礼拝所だったこともある経緯からか、敷地の奥の建物は石とレンガの古めかしい造りで、ところどころに何年も修復と補強を繰り返したような跡が見て取れた。


 中央の礼拝堂だけでなく、左右に張り出した部分は主に神官たちが生活や備蓄倉庫に利用していた区画らしい。ブルムによると、今ではそれぞれ男女別で寝泊まりできるように分けられているとのことだ。


 夕食は礼拝堂跡か屋外で済ますのが通例のようで、中央の入ってすぐに置かれた長テーブルには何人かが腰掛けて歓談中だった。空いている席を確保し、乾燥したパンと干し肉を手早く腹に収める。物足りないが、明日にはメヌエー入りだと思えばこんなものだろう。今から狩りや野草の採取に出かけるような気分でもない。


 寝坊するなよ、と笑うブルムと別れて、女性用の棟に向かった。


 わざわざ男女別々に泊まるのもどうなのかと思ったが、仲間と離れて眠る心配よりも、見知らぬ異性と同じ空間で無防備になる方が面倒な事態になりがち・・・・なのかもしれない。町の管理下に置かれてそれなりに長いという話だし、悪い先例も色々と反映されているはずだ。宿泊台帳もある。偽名を使えばそれまでだが、用心棒らしき人間も常駐している様子。こうした方が問題が少ないという経験則なら、それ以外は不運イレギュラーだったと思うしかない。


 寝台のある部屋を見つけた。一番乗りだ。数からして、六人用らしい。窓際には簡素な丸テーブルと背もたれのない椅子が二脚。やることもないので、奥のベッドに荷物を置いてから机の上に中身を広げる。ミレットがくれた果実酒はまだ数本残っていた。先ほど追加でったミリージュの実をグラスの端に添えれば、また風味が変わって楽しめる。

 硬くなった干し肉の塩気と噛み応えをつまみに、二杯目を注ぎ直したところでドアをノックされた。といって、開けっ放しにしてあったものを叩いたんだけど。


「先客さん。わたしも入っていい?」

「もちろん。見ての通り、ベッドはがらがら・・・・だ」

「へへ、お邪魔しまーす」


 エルンが手を広げるのを見て、少女がにっこりと笑みを浮かべて入ってくる。

 悩むそぶり・・・もなく隣のベッドに荷物を下ろしたのは、人のさがなせるものか警戒心の欠如からか。


「――私もいいかな?」


 新たなに掛かった声に、ふたりして入り口を見遣る。


「大歓迎」

「うん。入って入って!」


 これまた同年代だ。

 向かいの寝台を選んだ少女が落ち着くのを待ってから立ち上がる。


「よろしく。エルンだ」

 一晩のこととはいえ、できることなら心地よく過ごしたい。自己紹介の口火を切ったエルンに、ふたりが近付いてくる。


「わたしもわたしもー! フィオーネだよ♡ フィオって呼んで!」


 最初に入ってきた少女が、差し出した手を元気いっぱい握り返してくれる。

 肩に届かないくらいの金髪をひとふさサイドで縛っているのが、活発な印象とよく合っている。人懐こい笑顔に、こっちまでなごんだ。


「よろしくね。オルディマリーよ。良い人たちと同室になれてよかった。マリーって呼んで」


 ふたり目の少女、マリーは落ち着いた感じだった。

 青みがかったくせのある短髪で、前髪を真ん中分けにしているのも相俟あいまって大人びて見える。と思えば、話し終わりに寄越したウインクには茶目っ気もあった。


「フィオに、マリーだね。……どうだろ? とっとき・・・・の果実酒がある。夜は始まったばかりだ。今なら新鮮なミリージュの実も付いてくるよ」

「わっ、いいの? じゃあお言葉に甘えようかな」

「賛成ー♡ ありがとエリー♡」

「エリーはやめてくれ」


 いそいそと自分のコップを用意するふたりのために椅子を置き直して、張り出した窓枠に腰掛ける。

 鞄の中から未開封の瓶を両手で引っ掴み、テーブルに並べていった。




「――それじゃあ、よき出会いに」

「「乾杯♡」」

 



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