02-02「冒険者の少女s」




 宿場町を出て二日経っていた。

 メヌエーにつながる街道はボッツ山のふもとをかすめるようにゆるやかな曲線を描き、切り拓かれた森の中へと続く。


「――見事なもんだ。ようやる」


 構えていた弓を下ろしたエルンに、御者台で煙草を吹かしていたブルムが手を叩いた。

 五〇メームほど離れた先に行って確かめると、七、八個の実を付けたミリージュの房が転がっている。ろば上・・・から手を伸ばして拾い上げ、ブルムのところに戻った。


「さすがは、精霊の泉の守り手。騎射とは思えん正確さだ。伝承じゃ、お前さんらは騎乗の習慣がないと聞いてたが。いや、どうして様になっとる」

「馬には乗らないってだけさ。あれは繊細過ぎだ。大森林には人懐っこい魔獣や大型の獣もいる。ここいらじゃ見かけないようなのもね」


 ベネリの背から降りて、持っていたミリージュの実をひとつ食べさせてやる。

 荷台の床板がなくなる前に、と昨日からブルムが騎乗用に貸してくれたのだ。頑強なろばならば、朽ちかけた荷車と老人ひとりを引くのに一頭で十分だと。実際、ベネリの力には助かっていた。どんな傾斜や泥濘ぬかるみに差し掛かっても、エルンを背から降ろすまでもなく前進し続ける。頼もしいやつだ。

 首筋を撫でてやれば、長い耳を揺らして喜んでいるように見えた。


「おお、酸っぱいが、こいつは良いな。疲れが抜けていく」


 ブルムとジョスにも分けてから、残りの実にかじりつく。

 柑橘類の爽やかな香りが鼻に抜け、舌にほのかな苦みを伝えてくる。当たりを引いたみたいだ。もう少し集めて、持っていくことにしよう。


「次の目的地までは? どれくらいかかる?」

「もうすぐだ。日没までには余裕をもって着くだろう。喜べ、寝台ベッドに屋根付きだぞ」

「こんな森の中で?」

「元は、森番や木こりのための休憩所か何かだ。礼拝所の跡地を利用したと聞いた。その前は分からん。とにかく、わしが若い頃に付近の町や宿場が共同で管理することになった。商人や旅人の夜営地としてな」


 だから、他の旅人や隊商も集まっているかもな、とブルムが続けた。

 なんにせよ、夜露や虫害に苦労せず眠れるのなら御の字だ。大森林で暮らしていたからといって、エルンもまさかそこらの木々の下や洞窟の中に住んでいたわけじゃない。集落はきちんと整備されていたし、家の中に虫が入ってきて困るのはそこらの都市民と同じ。できることなら、エルンだって野営は遠慮したかった。


「一晩、たっぷりと身体を休めるといい。メヌエーまでかなり近付いた。ちょいと無理をすれば、あと一日かそこらで着くだろう」

「近いと聞いてたけど、車で三日か。意外に遠いね」

「領都のある北部と比べたら、この辺りは田舎もいいとこだからな。かといって、国境からも離れてる。人手が足らずに手付かずなままの地域も多い」

「あたしの地元とかね」


 違いない、とブルムがしわだらけの顔を一層ほころばせた。


「そんなところにまで賊が出てるってんだから、よそは大変なことになっとるんだろうな」

「そういえば、あんたはどうしてメヌエーまで? こんな状況で、ひとり遠出するぐらいだ。よっぽどの用が?」

「お前さんほどじゃない。町に住む孫娘が、結婚するというのでな。式に出たい。危険は百も承知だが、嵐と違って待っていてもすぐに収まるわけでなし」

「大事なことだ。それにめでたい。良いニュースだ。こういう時期に」

「暗い情勢だからだよ。少しでも、明るい話題は必要だ。生きるためにな。わしも、取りこぼしたくはない」

「無事に送り届けるさ。そいつが送ってくれた礼になる。……あべこべな感じだけど」

「はっはは、そうだな。だが、お前さんがいてくれるなら頼もしい」


 頷いて、ブルムは最後のひとかじりをジョスの口もとに持っていった。

 自分たちも忘れてくれるな、とばかりにベネリも頭を寄せてくる。


「そろそろ出るか。われわれをベッドが待ってる」


「――あァ、そうだね。ベッドだ。それに屋根付き」


 軽く広げていた荷物をまとめ、エルンはベネリにまたがる・・・・

 車輪の砂利を巻き上げる音が響き始めたのは、それからのすぐことだった。





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