02-01「冒険者の少女s」




 気が付けば、ベッドの上でうつむきに突っ伏していた。

 窓の向こうではすっかり日が昇っている。寝過ぎた。ぼんやりとする頭で立ち上がり、小ぶりなテーブルに置いてあったグラスをあおる。ぬるくなった果実水は、昨夜の残りだ。

 明け方近くまで騒ぎ、勢いで色々と話した。マイルズはともかく、ミレットは特に熱心にあれこれと質問してきたから、つい口が滑ったのは否めない。まァ、あえて隠すようなことでもないけど。


「――おお、お目覚めか。われらが精霊の守り手。エルン・ダ・ノランセウム!」


 身なりを整えてから食堂に下りれば、すぐにからかいの声で迎えられた。

 朝っぱらからと言いたいところだけど、ぐっすりと睡眠をとった誰かのおかげで、とっくに昼時だ。食堂には飯を求めて周辺の住民が大挙して詰めている。芝居じみたしぐさで音頭を取っているのが、昨日近くに座っていたブルムのじいさんだ。ちなみにノランセウムとは、エルンの住んでいた大森林を指す、この辺りの呼称らしい。これはミレットが教えてくれた。

 あちこちから声を掛けられ、ようやくカウンターにたどり着くまでの間、すでにマイルズが遅めの朝食を用意してくれていた。礼を言って食べ始める。


「そうだ、エルン。昨日の話だがな」


 まずはパンか、と手に取ったところで、マイルズが両手を突いて身を乗り出した。


「本当に義勇兵に参加するつもりなら、ここからだと西のメヌエーが近い。ちょうど町に行く用事があるとかで、じいさんが車で送ってってやると言ってる」

「大助かりだ。ありがと」


 振り返った先で、ブルムが軽く手を上げた。


「お前には余計な心配かもしれないが――気を付けてな」


 マイルズとミレットには、森を出た理由も、義勇兵に加わる目的も話してある。


「まずいと思ったらここへ逃げてくればいい。安心しろ、通報したりしない。娘に手を出さない限りな」

「肝に銘じとく。まァそうならないよう、精々頑張ってくるよ」

「出発の前に、ミレットにあいさつ・・・・していけよ。あいつも心配してる。あとで俺が宥める手間を減らしといてくれ」

「わかった。悪いね、色々と」

「気にするな。お前には感謝してる」


 食事を終えて、餞別せんべつの果実酒をミレットが選んでくれるのを待っているうち、ブルムの方も用意が整ったと呼びにきた。

 やたらと増えた荷物を担ぎ、食堂を後にする。客の数は減っていたが、何人かが乾杯の声を上げた。


「――エルン」


 出口の手前まで来たところで、マイルズに呼び止められた。


幸運を・・・。上手くいくよう祈ってる」

「……戦果を期待してて。すぐ戻るから」


 手を振って見送る父娘おやこに、エルンは笑みを返した。








「…………これが車?」

「どこから見ても立派な車だ。わしの親の代から使ってる。年季ものだぞ」


 『酔いどれ猫』亭の前。

 停められたぼろぼろの荷車を眺めるエルンに、御者台のブルムが笑った。


「運転手もベテラン・・・・だぞ。そっちはベネリ。こっちのがジョス」

「……随分と小さいね」

「そりゃあ、ろば・・だからな。がたいは見栄えしないが、力強いぞ。魔物にも負けん」


 長い耳を揺らしながら、同意するようにベネリが鳴いた。


「ほら、乗った乗った。日が沈むまでに野営地に行かんとな」

「荷台に足を掛けたら穴空いたんだけど」

「もっと奥に詰めろ。さァ行くぞ」


 意気揚々とブルムが手綱を操作して、ゆっくりと荷車が動き出す。

 体重を掛けないようほとんど中腰で立ったまま、エルンは空をあおいだ。


「――快適な道中になるね」




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