01-02「ここは『酔いどれ猫』亭」



「エルンっ。いい、手を出すな!」


 肩を掴んだマイルズに構わず、エルンはもう一歩踏み出した。


「しゃしゃり出てくるんじゃねえ、蛮族のメスガキが。顔にいれずみなんざ入れやがって。イカれてやがる」

「おう、いくらなんでもそそられ・・・・ねえや」

「お互い様だ」


 一緒になって笑ったエルンに、男たちは大層気分を害したようだ。


「舐めやがって! ガキがっ、血を見なきゃ分かんねえのか⁉」

「あたしも聞こうと思ってた。……もう一度、機会チャンスをやる。店主から言われた通り、さっさと失せな」

「このっ、腕の一本でも叩き斬ってや――」


 いきり立って長剣を半ばまで抜いた男が、いきなり吹っ飛んだ。

 魔力の外力変化、風系魔術のひとつ、〝風の弩砲〟。男たちと相対しながら後ろ手に魔力を込めていたエルンが、がら空きの胸元に突風の砲弾を撃ち込んだのだ。――というのを、まともに食らったひとりが食堂の外まで転がっていったのを見てから、ようやくその場の人間は理解した。


「ひゅー‼ いいぞ、嬢ちゃん!」

「やっちまいな!」


 歓声を上げる客と、うろたえる残りの三人。

 リーダー格をやられて判断に迷っていたのだろうが、エルンと目が合うなり一斉に向かってくる。大振りに殴り掛かってきた二人目をかわして、その横っ腹に右フックを見舞う。革鎧越しの殴打とはいえ、魔力によって膂力が強化された一撃だ。呼吸を詰まらせてよろめいたところを引っ掴み、手近なテーブルに顔面から叩きつける。


「このアマっ⁉」


 手斧を抜いて襲い掛かってきた三人目。

 上半身をらせて振り下ろしを避けたところ、二人目の頭すれすれに斧が突き刺さった。すかさず右脚を上から叩き込む。深くテーブルに食い込んだ手斧が抜けずに苦戦している男めがけて、エルンはテーブルに手を突いて乗り上げた勢いのまま、両脚を揃えての蹴りを食らわせた。


 床に倒れた男。追い打ちを掛けようとした背後で、二人目の立ち上がる気配がした。エルンの背中にナイフを突き出してくる。切っ先が届くより早く、マイルズが椅子でぶん殴っていた。硬い木材で後頭部を強打されたのだ。姿勢を崩した隙に、他の客が袋叩きにせよと群がっていった。助かった、と視線を送れば、店主は笑みを返してきた。


「お、お前ら! 俺たちは、こっ、侯爵さまの義勇兵だぞ⁉ 逆らうどころか、こんな真似してどうなるか分かってんのか⁉」


 取り乱した最後のひとりが、エルンたちを指さしてわめく。


「あァ分かってる・・・・・。これから宿のみんなでお前らをふん縛って、トルビクの役所まで連れていく。メヌエーでもいい。それで、俺たちは賊徒を捕まえたっていうことで報奨金をもらう。運が良ければ。ただの金じゃない。脱走兵を捕まえたっていうほうび・・・になるかもな」

「なっ……そっ……⁉」

「トルビクの周辺はかなり旗色が悪いと聞いた。そんな状況で、故郷を守るために戦ってるはずの義勇兵がこんなとこをうろついてる理由は、まァ想像できる」


 食堂だけでなく上階の宿泊スペースから降りてきていた客たちまで、マイルズの話を耳にするうち、四人組の男がたっぷり・・・・貨幣の詰まった麻袋に見え始めたようだ。


「大人しくしとけば、こうはならなかっただろうが。俺の娘と客に手を出した。……あと、エルンにも」


 ウインクを寄越してきたマイルズに、片手を上げて見せる。

 やっと自分の行く末に思い至ったらしい男が、なりふり構わず逃げ出した。荷物すら放り出して駆けていったが、食堂の入り口近くに転がっていた仲間に足を取られて倒れたところを他の客たちにひっ捕らえられることになった。


「義勇兵ってのは、こんなやつらばかりなのかね?」

「どうだろうな。まともに戦ってる連中は、さすがにマシだと思うが。臨時給金目当ての傭兵やごろつき・・・・も多い。うちの酔っ払い客の方が規律正しいかも。……何かあるのか?」

「……いや、良い方法を思いついたかもしれない。妙案ってやつだ」


 拘束される男たちを眺めながらマイルズと話していると、またぞろ横合いから衝撃がきた。

 ミレットだ。抱きしめられている。


「ありがとっ、エルン。わたし――」


 飛びついてきたミレットの背中に腕を回してなだめるのをしばらく見守っていたマイルズが、ふいに声を上げた。


「さァ、飲み直そう。悪党を捕まえるのに協力してくれた礼だ! 全員お代はけっこう!」

「太っ腹、マイルズ!」

「じゃんじゃん飲め! ミレット、エルン! お前らも座れ! 好きなだけ飲み食いしていいぞ」

「楽しい夜になりそう」


 カウンターに腰掛けたエルンの前に、間髪入れず果実酒のグラスが出てくる。

 看板娘を隣に侍らせたまま、〝酔いどれ猫亭〟の夜は更けていった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る