第15話 不審な気配

 急いで宇翔ユーシャンの部屋に来た淑恵シュフェンは、衣装箱を覗き込んでいた。


 衣装持ちである宇翔は、離宮といえどもそれなりの数を持ち込んでいる。

 宮城にあるものほど堅苦しくないが、部屋着にしては華やかな衣装がずらりとそろっていた。


志偉ヂーウェイ様はどんな服が似合うのかしら。普段着る服は子晴と相談しながら決めるから、一人で選ぶのはドキドキしちゃうわね」


 良さそうな服を衣装箱から引っ張り出しては、寝台の上に並べていく。

 数着の衣装を前に悩みながらうなっていた淑恵は、ふと気配を感じて振り返った。


「気のせいかしら? 今、誰か通り過ぎていった気がしたのだけれど」


 廊下へ顔を出すと、角から品希ピンシーが歩いてくるところだった。


「品希? こんなところで何をしているの?」


「離宮内の確認をしていました」


「ああ、ごめんなさい。本来なら子晴が案内するところなのだけど」


「志偉様の髪を切っていますからね」


 品希の視線がちらりと室内へ向けられる。

 彼は不思議そうに首をかしげ、淑恵に尋ねた。


「淑恵様こそ、こちらで何をされていたのですか? 志偉様はご一緒ではないようですが」


「服を選んでいたの。宇翔様の服なら、志偉様でも着られるかと思って」


「申し訳ございません。ボクもまさか、あのようなひどい目に遭っていたと知らず……」


「いいのよ。ここへ来たからにはもう、あんな服を甘んじて着させたりしないわ」


「ありがとうございます。志偉様は意外と着痩せするので、宇翔様がゆったりと着ていらしたものがよろしいかと思います」


「なるほどね。良かったら、一緒に選んでもらってもいいかしら?」


「もちろんです」


 服を並べた寝台へ品希を案内する途中、淑恵は思い出した。

 そういえば気配を感じて廊下を見にいったのだった、と。


「ねぇ、品希。ここへ来る前、誰かとすれ違わなかった?」


「いいえ、誰とも会いませんでした」


「そう……」


 さきほど感じた気配は何だったのだろう。

 気配の敏感さには自信があっただけに、不可解な気持ちになる。


 首をひねる淑恵を見つめたあと、品希はいぶかしそうに廊下を見ていた。

 小さな丸い耳が、ヒョコヒョコと動く。

 もしかしたら、子晴のように聴覚で何かを探っているのかもしれない。


「淑恵様。実はボク、厨房を探していまして。よろしければ、このあと案内していただけませんか?」


「ええ、もちろん。ついでにお茶の用意をして志偉様たちに持っていきましょう。きっと、二人とも疲れているだろうから」


 品希の耳には異常を感じられなかったのだろう。

 彼の明るい声に、淑恵はホッと胸を撫で下ろした。



 服を選んだあと、二人は厨房を訪れた。

 厨房で品希はお茶を淹れ、淑恵は焼き菓子を用意する。


 部屋に戻り、お茶を飲む頃。

 淑恵は不審な気配のことをすっかり忘れていたのだった。


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