第13話 唯一の後悔
昼過ぎの時間。
この部屋は、昼寝にちょうどいい。
窓から差し込んだ陽光が長椅子をあたため、ぽかぽかで気持ちがいいのだ。
(うそでしょう?)
声に出さなかったのはせめてもの配慮だ。
それくらい、淑恵は驚いていた。
志偉は王弟――小国とはいえ、一国を治める王の弟である。
その王弟の引っ越しだというのに、持ってきたのは二泊三日程度の少ない荷物のみ。
「かさ張る荷物はあとから届くのかしら?」
「僕の荷物はこれだけだよ」
まさか、これだけのはずがない。
わずかな希望を抱きつつ志偉を仰げば、彼はけろりと言ってのけた。
(うそでしょう⁉)
本日二度目の
肌着数枚に、服が二着。
それも、
(志偉様の持ち物がひどすぎる!)
龍族は秘境に住む変わりものだが、生活自体は裕福なほうだ。
とはいえ、それを置いても志偉の衣事情は劣悪すぎる。
従者である品希すら絶句していたから、
(丁寧に使われているけれど、明らかに使いすぎだわ)
そうでなくとも、ゴワゴワする生地なのに。
(こんなのを着ていたら、病気になっちゃうわ)
志偉は、暴力だけでなく生活必需品までぞんざいな扱いを受けていた。
その事実に、淑恵は打ちのめされる。
怒りを通り越して、表情が無になるほどだ。
「本当は陶器の椅子も持って来たかったけれど、あれは重いからね」
そう言ってはかなく笑う志偉に、淑恵は「誰か陶器の椅子を持ってきて! 今すぐよ!」と叫びたくなった。
(だって、こんな服しか持っていないのよ? 諦めたものがあるなんて言われたら、何としてでも持ってきてあげたくなるじゃない)
品希に目配せすると、心得たと言わんばかりに頷いている。
少なくとも椅子の手配はなんとかなりそうで、胸を撫で下ろした。
(椅子は良し。次は、服ね)
空を飛ぶ
志偉の格好は、貧しい農民そのものだ。
もっさりとした長い髪とあいまって、控えめに言っても野暮ったい。
隣に立つ品希のほうが好ましい格好をしている。
(こんなのをかっこいいと言っていたわけ?)
子晴の出迎え態度にもの申したい淑恵だったが、彼女の態度は正しかったと納得するしかない。
目の前にいる青年は、王弟というより不審者と言うほうがしっくりする。
悟りの境地へ旅立とうとしている淑恵にいち早く気づいた子晴は、慌てて彼女を呼び止めた。
「ああ、子晴。私、どうしたら……」
「お嬢様が言いたいことはよく分かります。子晴にお任せください!」
「子晴……!」
どこから取り出したのか、子晴の手には
淑恵は、状況が飲み込めず固まる志偉の背を押した。
「私の部屋を使ってちょうだい」
「はい、畏まりました」
「えっ? えっ? どういうこと? 淑恵⁉」
志偉は助けを求めるように何度も何度も振り返ってきたが、淑恵は笑顔で見送る。
(嫌なら断るか逃げるかすればいいのに)
できないのだろう、おそらく。
志偉が優しい性格というのもあるが、長年に渡って植え付けられた認識は早々変えられない。
「少しずつ、よ。焦る必要はないわ」
言い聞かせるようにつぶやくと、目を丸くしている品希と目が合った。
「どうしたの?」
「お嬢様は、志偉様に寄り添うおつもりなんですね」
「寄り添う……?」
そんなつもりはなかったけれど、そうかもしれない。
「政略結婚だからってお互いそっぽを向いて暮らしたら、寂しいじゃない」
「そうですね。志偉様の婚約者があなた様で良かった」
「まだ初日よ? そういう台詞はもっとあとで言ったほうがいいと思う」
「言える時に言っておかないと後悔する世の中ですから。だからボクは、言いたい時に言っておくことにしているのです」
見た目によらず、品希も苦労してきているようだ。
仙人のようなことを言うなぁと思いつつ、淑恵は「いいと思う」と答えた。
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