第11話 公主の苦悩
「ねぇ、
「はい、何でしょうか? お嬢様」
「私、悩みがあるのよ」
「どんな悩みですか?」
湯気が立ち込める浴室。
湯船に押し込まれた
「そんなに深刻な悩みではないのだけれど……」
「今度はおなかですか? それともまた、二の腕?」
「違うわ。鍛えるのはいいの。少なくとも、今は必要ない」
「では、どんなことでお悩みなのですか? ぜひ聞かせてください」
衝立から出てきた子晴の目は、キラキラしていた。
明らかに何かを期待されている様子で、淑恵は申し訳ない気持ちになる。
「子晴は馬鹿馬鹿しいって思うかもしれない内容なの」
「今までお嬢様の発言を馬鹿にしたことがありましたか?」
「ないわ」
だから言いたいのだ。
そしてできれば、馬鹿馬鹿しいと笑い飛ばしてほしい。
「絶対に馬鹿にしないって誓いますから」
「分かった、言うわ。あの、ね……。
「は……? 今、何とおっしゃいましたか?」
浴室内に子晴の間抜けな声が響く。
もう一度言ってしまったのだからと、淑恵は半ば自棄になりながら言った。
「だから、志偉様がかっこよくて困っているの!」
思いのほか大きな声が出てしまって、淑恵は驚く。
慌てて口を押さえるも、後の祭りだ。
浴室に響く淑恵の叫びに、子晴は長い耳の端を
よく聞こえる長い耳には、とてもうるさかったのだろう。
淑恵は、申し訳なさと恥ずかしさでブクブクと湯船に沈んだ。
「……はぁ。それは、良かったですね?」
「反応が薄い」
「お嬢様が純情すぎて、つい」
「笑い飛ばしてほしかったのに」
「そんなことしませんよ」
「だって、政略結婚なのよ? 恋をしたって不毛じゃない」
政略結婚に愛がないのは世の常。
ごくたまに愛が芽生えたとしても、めでたしめでたしで終わることは少ない。
ましてや今は、戦乱の世。
裏切りはそこかしこで起きており、状況に応じて離縁することも珍しくなかった。
「そうでしょうか?」
「そうよ」
「なぜ?」
子晴は意味が分からないという顔をしていた。
血のように真っ赤な目に見つめられると、責められているような気になってくる。
居心地悪そうに視線を逸らしながら、淑恵はボソボソと答えた。
「なぜって……政略結婚って、そういうものでしょ」
はっきりしない淑恵に、子晴は呆れたようにため息を吐いた。
聞き分けのない子どもに言い聞かせる時のような、なんともいえないしょっぱい顔で子晴は言う。
「私たちの常識は違います」
「どういう意味?」
人と獣人は違うのだと、線を引かれたようで面白くない。
淑恵はムッとしながら尋ねた。
「政略結婚の相手に恋をしてはいけない決まりなど、
「決まりとかじゃなくて……。華にもあるでしょ? 暗黙の了解みたいなものは」
「そもそもの話、志偉様はよく分かっていないと思いますよ? 虎族には婚姻制度がありません。発情期にだけ不特定多数と関係を持ち、子育ては女任せ。男は楽なもんです」
「それはなんというか……」
獣らしい生き物ね、と淑恵は言えなかった。
自分と志偉は違うのだと一線を引いてしまう気がして。
複雑な顔をしてちゃぷちゃぷと水面を揺らす淑恵に、子晴は微苦笑を浮かべる。
「不安になっているお嬢様に助言を授けましょう。志偉様の行動をしっかり観察すること! そうすれば、おのずと分かるはずです」
「観察……。分かったわ、やってみる」
「ええ、ぜひ!」
子晴に励まされ、淑恵は意を決する。
そしてさっそく実行に移そうと、湯船を飛び出したのだった。
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