第7話


 無事にワープゲートが完成して既に無人艦の往来が始まり、近いうちにワープゲートと前線基地建設ために派遣した艦隊と交代する艦隊(前線基地要員や防衛のための艦隊)が派遣される。

 俺はもうすぐ18歳の誕生日を迎えるが、帝国では18歳が成人であり、成人したら父の持つ伯爵位を受け継ぐことになる。

 代々、シュヴェート公爵位を継ぐ予定の成人した嫡子に与えられているそうで、父から受け継いだ爵位を皇帝陛下に承認いただくことで、俺は晴れてシルト伯爵アルス・フォルフットと名乗ることが許される。

 爵位を認められたら続けて地球文明圏の高等弁務官として任命され、その後はユリアが16歳になってから婚約発表、その時に俺が地球からの転生者であることと地球に遠征軍を派遣することも発表して、出征式典をして…と、あまりにも予定が詰まりすぎている。

 本来ならばもう少し余裕を持たせたスケジュールだったが、地球の情報が集まるにつれて急がねばならないことになった。

 地球では既に第三次世界大戦とも言える状態が続いていて、いつ全面核戦争になってもおかしくないという。

 前世の記憶では、相互確証破壊という概念が核保有国の中で共有されていたはずだが、帝国からすれば惑星ひとつ統一されていないような文明の人間がそこまで自制できるとは考えていないらしい。

 別に地球が核に汚染されても調整すれば済む話ではあるが、せっかく調整しなくても良い環境が整っているのに、核汚染されるのはもったいない。という考えから早めに地球へと向かうことになった。

 そして俺は今、本格的に忙しくなる前にと、呼び出しを受けてユリアの元へ向かっている。

 場所はいつもの庭園で、初めて会った日から2人で会う時によく利用している。

 侍従に案内されて庭園に出ると、侍従はそのまま下がっていく。庭園にはユリアが1人でおり、侍女も護衛も見当たらない。

 今まではどれだけ離れていても侍女も護衛も庭園内にいたが、今回は完全に人払いがなされている。

 

 「アルス、待っていました。こちらへ」

 

 庭園の入口で立ち止まっていた俺を見つけたユリアから呼ばれたので、ひとまずユリアの元へ向かう。

 

 「ユリア、人がいないようだけど、なにか大事な話?」

 

 基本的に近くに人がいる時は丁寧な口調で話しかけるが、侍女や護衛が離れている時はフランクな口調で話しているため、今回は他に人がいないということでいつものように話しかける。

 

 「えぇ。…ですが、何から話しましょうか」

 

 多くの行事を控えたこのタイミングだ。重要な話である事は容易に想像がつくが、ユリアは少し、どう話したら良いか悩んでいるようだ。

 

 「ユリアが何を言おうとしているのかは分からないけど、俺はユリアの婚約者で、ユリアの味方だ。なにか不安があるのなら相談して欲しいし、困っていることがあるのなら助ける」

 「そう、ですね…。ではアルス、初めて会った日に、私があなたに聞いたことを覚えていますか?」

 

 初めて会った日のことはよく覚えている。皇帝陛下に呼び出され、ユリアを紹介されていきなり婚約者に考えているなどと言われたのだ、忘れようもない。そしてその後に、当時5歳の少女から出てくるとは思えない問いかけに驚いたことも。

 

 「もちろん。いきなりこの国をどう思うかなんて聞かれたんだ。それも5歳の女の子にだよ?忘れるわけが無い。地球ではありえないことだから」

 「…そうです。あの時のあなたのは、帝国が夢の国であると言っていましたね。あれから10年経ちました。今もあの時から変わっていませんか?」

 

 ユリアの言葉に少し考える。

 当時7歳の俺は帝国の人間としての自意識よりも、前世の記憶から来る”転生者”としての意識の方が強かった。だから自分の目で見るもの、耳で聞くこと全てが”地球人から見た帝国の姿”として感じていた。

 そしてこの帝国は良い国だと思った。地球と比べれば夢の国だと。

 だが今の自分は殆ど”帝国人”だといえる。地球人だと言うには帝国の価値観に染まりすぎている。そんな今の自分から見た帝国…。

 

 「当時はまだ転生者として、地球人としての自分の方が強かった。だからこの国は夢の国だと言った。…けど、この国で18年近く生きてきて、俺はもう帝国の人間だと自信を持って言える。そんな地球の記憶を持つ帝国人から見て、この帝国で生きることに、夢は無い…と思う」

 

 地球から見た帝国は夢の国だろう。生きるための不自由がないのだから。

 だが、その不自由のなさのおかげで、夢を見ることはないように思う。

 俺が貴族の生まれで、将来は父の跡を継ぐことしかできないというのもあるだろうが、それを除いても、あれをしてみたいから頑張ろうとか、これが欲しいから頑張ろうとか、夢を実現するために頑張ることが無くなったのだ。それは国民の殆ども同じで、例えば将来は億万長者になりたいとか、医者になりたいとか、そういった地球人が思い描くような将来の夢みたいなものは無い。

 億万長者になりたいのは金銭的に満たされていないからだ。だからお金を稼げるように努力をする。

 将来なりたい職業があればそうなれるように努力をしただろう。

 でもこの帝国はそもそも貨幣経済では無いし、必要なものは殆ど手に入る。基本的に労働をする人はほとんど居ないからやりたい仕事があれば、インプラント・パッケージから知識を学んでその仕事に就けば良い。

 平均寿命が地球人よりも長い帝国民は、物質的に満たされていて、いつでもやりたいことが出来る。夢を実現するために頑張るということをしなくても良いから、夢を抱くことは無いのだ。

 だから…

 

 「…夢のような国だけど、夢を見ることができる国では無いと思う」

 

 わかってはいるのだ。帝国が、その支配を確たるものにするためにこのような統治をしていることは。

 今に不満を持っていないのなら、将来の夢なんてないだろう。今のままで良いのだから。そして今の生活に不満がなければ、帝国の政策に対する不満なんて出ないのだ。

 

 俺のその言葉を聞いたユリアは、優しい笑みを浮かべてこちらを見ている。

 

 「アルス。私は、本当にあなたが婚約者で良かった」

 

 そう言ったユリアは、今までにないほどに嬉しそうで、安心したような雰囲気だった。

 そして、ゆっくりと話を始める。

 

 「私はこの帝国において、恐らく異物です」

 「それはどうして?俺のような転生者なら分からなくもないけど…」

 「アルス、あなたは帝国では夢を見ることができないと言いましたね?私も同じ考えです。恐らくアルスのそれは、転生者であるからこそ。ですが私は、転生者ではありません。それなのに帝国の価値観とはズレた考えを持っています」

 

 そこで言葉を区切ったユリアは、一度大きく呼吸すると、意を決したように俺を見る。

 そして、その口から出てきた言葉は…

 

 「…私は、今の帝国に不満を持っているのです」

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