第5話


 前世は地球で生きていた俺からすると、宇宙とはとても広大で未知の世界で、見方によっては恐怖の対象だったように思う。

 人間が生きるために必要な空気はなく、生身で放り出されたら容易に死ぬ。

 自分たちが生きる惑星のことすらまともに知らない地球人にとって、宇宙のことなど文字通り何も知らない。

 だが、今俺がいる帝国にとっては、所属する銀河団は自分が住んでいる市区町村のようなもので、全てを知り尽くしている訳では無いが、だいたいどこに何があるかは知っているし、移動することも容易。帝国の首都星系がある銀河などは文字通り家の庭だ。

 つまるところ、帝国支配領域から7000万光年離れている辺境だろうと、帝国からすればちょっと他県に旅行に行くような距離ということだ。

 俺が地球のことを話してから早7年、10歳になった俺の元へ宇宙開拓局の役人たちが、地球を見つけたと言って押しかけてきた。

 まだ7年しか経っていない。こんなに早く見つかるとは夢にも思っていなかった。

 

 「アルス様、こちらが天の川銀河と見られる仮称F2の全体像です。そしてこちらが辺境最大の銀河であるF1で、大きさはF2のほぼ2倍、こちらはF2の3分の2程度の大きさのF3です」

 

 そして彼らから最初に見せられたのは、辺境銀河群にある3つの銀河。F1から3と番号が振られたそれらは、地球人がみてもすぐにわかるほどに見覚えのあるものだった。

 宇宙は広いから、似ているだけと言われたらそうなのかもしれないが、天の川銀河はともかく、さんかく座銀河やアンドロメダ銀河は地球から観測できたし、一般人でも写真で見たことがある人はいるだろう。

 そして俯瞰してみることが出来ないが故に棒渦巻銀河だと想像していた天の川銀河は、想像したそのままの姿で俺の目の前に示されている。

 

 「恐らく、このF1が地球でアンドロメダと呼ばれていた銀河で、F3がさんかく座銀河、そしてF2は、地球人が想像していた天の川銀河そのもののような見た目です」

 「そうですか。では、これからF2を探索した無人探査艦からの望遠画像を出します。アルス様のお話から、候補となる惑星を複数抽出しましたので、その中に太陽系があれば教えてください」

 

 そして俺の前に表示された画像は、望遠で撮られたためか、若干荒いが十分に判別できそうなレベルだ。

 だがその数が多い。500以上あるというそれらは、どれも大気があり1個の衛星を持っているのだという。

 

 「ここから、画像にある惑星の内側を公転する惑星が2個のものだけにできますか?」

 

 さすがに多かったから、実際の太陽系に則して絞り込んでもらう。

 

 「その条件で絞ると、この198個が残ります」

 「まだかなり残りますね…。では、惑星を8個か9個持つ恒星系だけにしてください」

 

 198個しらみ潰しにしても良いが、さすがに面倒だったので、地球では準惑星扱いだった冥王星のことも考えて8か9の恒星系だけにしてもらった。

 

 「8か9だと、この12個です」

 「ありがとうございます」

 

 そしてさらに絞られた12個を順番に見ていく。

 今表示されているのは、主星を公転する惑星が8個か9個で、そのうち主星から3番目の公転軌道の惑星で、大気があり衛星を1個持っている惑星ということになる。

 恐らく、この中に地球がある。前世ですごした惑星があると思うと、自然と食い入るように見てしまう。

 

 「……ない」

 「見落としはありませんか?」

 「…ありません。この中に私の知る地球はありませんでした」

 

 無かった。転生から10年経っているとはいえ、地球の姿を見間違うほど記憶が薄れてはいない。

 

 「一応、公転惑星が10個のものと、7個のものも確認をお願いします。地球文明の科学水準ですと、観測に誤りがあった可能性もあります」

 「…わかりました」

 

 露骨にテンションの低くなった俺に対して、開拓局の役人は実に淡々としている。

 そして俺の前にはまず、7個の方が20個以上表示された。

 

 「…この中にもありません」

 「では、10個の方も表示しましょう。公転惑星が10個もある恒星系は少ないですから、3個だけです」

 

 最後に表示された3個の惑星、それらを順に見ていく。

 1個目…違う。2個目…違う。そして3個目…。これも違うのなら、地球は見つからなかったことになる。そうなれば、かつて父に言われたように俺の記憶は強制抽出され、今の俺としての意識は無くなるのだろう。

 思ったよりも短い人生だった。せっかく転生したのに残念だ…。

 そう考えながら見た最後の惑星…。

 

 「…ッ!!」

 

 見覚えのある惑星の姿に大きく目を見開く。

 役人も俺の様子に気づいたのか、これですか?と聞いてくる。

 

 「こ、これです!これが地球です!」

 「そうですか、やはりF2にありましたね。念の為、7個と10個も確認して正解でした」

 

 本当に、確認してよかった。そうだ、太陽系の惑星は10個…10個?

 俺の知る限り太陽系は、準惑星の冥王星を含めても9個しかなかったはずだ。

 

 「あの、太陽系には惑星が10個あるんですか?」

 「ん?はい、この惑星の他に主星を公転する惑星は9個ありますから10個ですね」

 「地球を入れて9個ではなく、10個…?」

 「えぇ、観測データからは10個確認できます。最外縁の惑星は、主星からおよそ0.01光年の位置を公転していますから、光学観測では見えませんが、データ上は存在しています」

 

 思わず2回も確認してしまったが、本当に太陽系には惑星が10個あるらしい。

 0.01光年ということはつまり950億kmくらいか…?

 インプラント・ラーニングのおかげでこういった計算はすぐにできるが、計算はできても距離感はイマイチわからない。

 光がほとんど届かずに見えない程遠いのは分かるが…。

 ひとまず、地球は無事に見つかった。これで、記憶の強制抽出によって俺の意識が消されることはないだろう。…ないはずだ。

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