第4話

 「余はユリアリアの相手にアルスを考えておる」

 「…え?」

 

 思わず声を出してしまった俺は悪くないだろう。あまりにも突然の出来事に父も言葉を失っている。

 

 「…陛下、殿下も愚息も、今日が初対面でありますから…」

 「余とて今ここで決めろなどと無理は言わぬ。頭の隅に入れておいてくれれば良い」

 

 確かに俺は公爵家の嫡男であるし、寿命が長いが故に同世代の子供は少ないので、殿下の婚約者になっても不思議では無い。

 不思議では無いが、公爵家は皇族の血が濃い。俺や父、母もそうだが、白銀に近い髪色は白銀の髪を持つ皇族の系譜であることの証だ。

 皇族にもしもがあれば、貴族家の中で最も皇族の血が濃い子供が皇統を継ぐという伝統が、今もなお受け継がれているのだ。

 髪の色が白銀に近ければ近いほど皇族の血が濃いことになるが、俺は祖母が先々代皇帝の妹で、母は三代前の皇弟の血を引いているため、髪はほとんど白銀だ。

 日本競馬も驚きの血の濃さだが、その辺は考えられているのだろうか?

 というか、向こう1000年を共に過ごす相手をこんなに早くから決めてしまって良いのだろうか…。

 

 「そもそもにして候補となる世代の子が少ないのだ。そなたらに拒否権がないというよりは、我ら皇族に選択肢がないゆえな。前向きに考えてくれると嬉しく思う」

 「…かしこまりました陛下。しばらく様子を見て、殿下との仲が良いようでしたら、その時は婚約を受けさせていただきます」

 「うむ。…では、アルスには出入りの許可を出す。暫くは、娘と親睦を深めると良い」

 「…はっ。ありがとうございます」

 「ではシュヴェート公、実務の話に移ろう。余の執務室へ。ユリアリア、少しアルスと話して来るといい」

 「わかりました。お父様」

 

 皇帝陛下のこの場はこれにて解散とするとい言葉と共に場が慌ただしく動き出す。

 父は俺に「粗相のないように」と忠告をしてから陛下の後に続いた。

 大人たちがいなくなると、後に残ったのは5歳の少女と7歳の少年、それから殿下お付の侍女と護衛。

 

 「…」

 「…」

 

 非常に気まずい。初対面でいきなり二人きりにされても困る。侍女や護衛がいるから厳密には二人きりではないが、基本的に彼女たちから声がかかることは無い。その場に控えるだけだ。

 

 「殿下、少し外を歩きませんか?」

 「はい…では、庭園に行きましょう」

 

 庭園に向かうまでの廊下には足音だけが響く。俺も殿下も一言も発さず、もちろんお付のみなさんも静かについてくるだけだ。

 そのまま誰も一言も発しないまま庭園に出た。

 

 外に出たところで深呼吸をして、隣の皇女殿下を伺い見る。

 本当に美しい少女だ。陽の光に照らされてよりその美しさが際立って見える。

 そんな少女の美しさに見惚れながらも、さてどう話しかけようかと考えていると、殿下の方から声がかかった。

 

 「よろしければお茶にしませんか?」

 

 外を歩こうと言ったのは俺だが、いざ外に出てどうしようかと考えていたから殿下の提案は渡りに船だ。

 

 「それは良いですね。ぜひご一緒させてください」

 

 そして、景色の良い場所に建つガゼボに案内されると、侍女らが手際よくティーカップと茶菓子を並べてゆく。

 侍女が下がり、お互いに一口飲んで一息つくと、殿下の方から話を始めた。

 

 「あなたはこの国をどう思いますか?」

 「…」

 

 これは試されているのだろうか?というか、5歳の少女から出てくる言葉ではないと思うが、こと帝国においてはインプラント・ラーニングによって5歳でも大人と同等の知識を得られる。

 これは数学なら数学、礼儀作法なら礼儀作法といったように、パッケージングされた知識を直接脳に覚えさせる技術だ。脳への負担が大きいため、1年間に使えるパッケージ数は規制されているが、ありとあらゆる学問を修めようとしなければ、必要十分な知識はすぐに身につく。

 かくいう俺もこの技術のおかげで苦労することなく帝国の常識や上流階級の礼儀作法などを覚えられたので、目の前の少女がそれをしていないとも思えない。

 何も答えない俺を見て、殿下はさらに言葉を続ける。

 

 「あなたは転生者であると聞いています。前世の国と比較して、この国はどう見えているのですか?」

 

 これは殿下の単純な興味か、それともやはり試されているのか…。

 何も答えない訳には行かないので、ひとまず当たり障りのないことでも言っておこう。

 

 「私の前世である地球文明と帝国とでは、大人と赤子以上に差があります。単純に比較しようにも、比較するためのものさしが違いすぎます」

 「…聞き方が悪かったかもしれません。諮問している訳では無いのです。あなたが思うことをそのまま教えてくださいませんか?」

 

 どうやら俺が警戒して無難な返答をしたことを見抜かれたらしい。

 ただ殿下が興味を持たれているだけならば、俺も素直に答えるとしよう。

 

 「では、正直に申しますと、私の前世から見て帝国は夢の国でしょう。人々は労働から解放され、犯罪はなく、差別もなく、戦争もない。様々な文明、様々な種族が、それぞれの文化や精神性を大切にし、それを互いに尊重できる。地球では実現出来ていなかったことです」

 「…」

 

 殿下は無言で話の続きを促してくる。

 

 「地球では、常にどこかで戦いがあり、貧困に喘ぐ者がおり、差別に苦しむ者がおりました。口では平和や平等を謳っていても、未熟な精神性が故にそれらは夢物語でした。そんな夢物語を、帝国は実現しているように見えます」

 「例えそれが、強大な軍事力を背景に押し付けられたものであっても…ですか?」

 

 確かに帝国の軍事力は強大で、その力で支配領域を広げた結果、今の帝国があるのだろう。

 

 「そうです。例えそれが武力によって作られた見た目だけのものであっても、その見た目を永遠に維持できるのであれば、そこは夢の国です」

 

 そう、他人を尊重することも、戦争のない平和な世の中も、貧困のない平等な世界も、それが帝国によって押し付けられた価値観でも、今の帝国はそれで成り立っている。

 帝国の価値観に逆らうこと以外が許されているこの国は、俺の知る限り、最も自由で、平等な国だ。

 

 「…なるほど、よく分かりました。今日はこの辺りでお開きとしましょう」

 「はい。本日はありがとうございました。第3皇女殿下」

 「ユリアリアで構いませんよシュヴェート公爵令息」

 「かしこまりました、ユリアリア殿下。では私のことも、ぜひアルスとお呼びください」

 「ではアルス、また近いうちにお会いしましょう」

 

 そう言ってユリアリア殿下は侍女と護衛を連れて帰っていく。

 どうやら俺は皇女のお眼鏡にかなったらしい。

 

 

 

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