第一章
第1話
自分が転生していると気づいたのは、まだ首も座っていないような赤ん坊の時だ。
自分の手の甲に存在する謎の紋様が視界に入った時、「あ、俺転生してるわ」と、意識が浮上してきた。
前世の俺は日本人だった…はずだ。
前世の自分の顔も名前も、家族や友人のことも、何も覚えていないのに、地球の日本に生きていたことは覚えている。
パーソナルな情報は何も分からないのに、パブリックな情報はかなり鮮明に覚えている。
そして恐らく、俺が転生したのは日本では無い。さらに言えば、地球ですらない。
限られた視界で見える景色は、地球とは思えないものが沢山ある。
子供をあやすためだろうか、空中に投影されている謎の遊具や、大きな窓から見える空飛ぶ車のようなもの。
地球技術が進歩すればこんな景色は見られるのかもしれないが、地球では無いと言える最大の理由がある。
「*&¥¥@*$#&+’-=”*!$$!´;☆~」
今俺を抱き抱えようとしている女性の話す言葉が地球のそれでは無い。
さらに、この女性は地球にいる人間とは違う人種である。
頭には獣のような耳が生えているし、しっぽも生えている。ほかの特徴は人間に近いが、その見た目は日本人がよく思い描くような典型的な「獣人」である。
その隣にいる人に関して言えば、もはや性別すら分からない。
獣人の女性と同じ服装をしているため、女性であろうとは思うが、まず肌の色は薄らと青みがかっており、髪は生えていない。
そして小さいが、首にエラの名残と言えるようなものが存在している。
知らない言語、知らない人種、知らない技術…。
これだけ知らないものが、前世の常識からかけ離れたものがありすぎると、誰しもがここが地球だとは思わないだろう。
ともかく、俺は地球では無いどこかに転生したのだ。
◇
転生したと気付いてから3年が経った。地球と同じ暦では無いが、俺の誕生日らしきお祝いが3回来たから、恐らく3年経ったはずだ。
ひとまず言葉はある程度話せるようになった。3年も同じ言語を聞いていれば嫌でも覚える。というか、覚えないと生きていけない。
そしてこの3年でわかったことが多くある。自分で歩けるようになったおかげで、行動範囲がグンと増えたおかげだ。
まず、今世での俺のこと。名前はアルスで姓がフォルフット。白銀の髪で、碧眼。
あまりにも綺麗な髪色で驚いたが、それよりも驚いたのが耳だ。長いのだ。耳が。分かりやすく言えばエルフ耳だ。
そしてこの容姿は両親から受け継いでいる。つまり両親も同じような髪色で、同じように耳が長い。
次がこの家のこと。どうやらこの家は貴族の家系らしい。大きな屋敷…というか、オーストラリア程度の大きさの浮遊大陸が我が家の敷地だという。それにたくさんの使用人がいて、敷地には警備兵が多く巡回している。
そして偉そうな服を着た多種多様(文字通り)な人達が父を尋ねてやってくる。
偶に耳に入る会話からは、皇帝とか公爵とかの単語が聞こえてくるから、この国はそういう国で、うちはそれなりの地位があるらしい。
そして何よりも驚いた事がさっきあった。
父と母が数人の役人っぽい人を引き連れて俺の部屋に来て、開口一番に伝えてきたのだ。
「ではアルス、前世のことについておしえてくれるかい?」
この言葉を聞いた俺は絶句した。誰にも転生したことを伝えていないし、ちゃんと子供らしく見えるように振舞ってきた。…まぁ、どこかでボロが出たのかもしれないが、こんなに確信を持たれるほどでは無いだろう。
そんな絶句中の俺を見てクスリと笑った母が優しい声色で教えてくれた。
「アルス、手の甲に紋様があるでしょう?この国ではその紋様をもって生まれてきた人はみんな転生者なのよ。それにあなたが転生者でも、間違いなく私たちの子なのだから何も心配はいらないわ」
その言葉に俺は我を取り戻すと、思わず自分の左手の甲にある紋様をまじまじと見てしまう。
「いいかいアルス。我が帝国は、転生者が持つ知識を元に発展し、繁栄してきた。彼らが
父が教えてくれたことは、あまりにも衝撃的すぎた。一瞬にして、この屋敷で会った様々な人種の人々と、地球のことが頭をよぎった。
時間にして1秒にも満たないが、やっとの思いで捻り出した言葉は、「言いたくないと言ったら、どうなりますか?」だった。
この言葉に対して父は、今まで浮かべていた笑みをスッと消す。
「その時は、君の脳から直接記憶を抜き出すことになるね。抜き出した記憶は君の中には残らないけど…安心してくれ、その時はアルスとして新しい人生を歩むんだ」
記憶が残らないと言ったあと、一呼吸置いて再び笑みを浮かべる父は、少し恐ろしく見えた。
「…わかりました。私の前世、地球のことについて知りうる限りのことをお教えします」
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