均衡の崩壊

「では、この小説の意図した結末はどうだったのかを考察していく。


 結末は君がさっき言った通り、ミーンズが犯人だったというものだろう。」

「そうです。私はミーンズを犯人にしたかったんですよ。」

「残念ながら、それは合理的な犯人になり得ない。


 君の考えていることはおそらくこう言うことだろう。


 まず、ベイズが睡眠薬を飲んだ場合の行動は、2つだ。ミーンズの忘れ物に気が付くか気が付かないかの2つだ。


 忘れ物に気が付くと、忘れ物をミーンズに届けるために、バイクを走らせるだろう。そうなれば、睡眠薬が効いて、事故を起こし、ベイズは死亡する。


 また、忘れ物に気が付かない場合でも、ベイズは自分の部屋で寝ることになる。そして、ベイズが寝る前に暖炉の火をつけたとすると、鳥の巣が煙突を塞いでいるし、ベイズは睡眠薬を盛られているから、ちょっとのことでは起きず、一酸化炭素中毒で死亡。


 また、ベイズが睡眠薬を飲まない場合でも、ブレーキの利かないバイクを乗ってしまえば、そのままつづら折りの道路を曲がり切ることができずに死亡。


 このように、ベイズは殺される袋小路に囚われているように見える。


 では、この時、犯人を確定するためにはどうすればよいか考えよう。犯人は先ほどのベイジアンナッシュ均衡を使って、確定する。


 まず、睡眠薬と高血圧の薬を間違う確率を1/2とする。そして、バイクを選ぶ確率は5台のバイクをランダムに選ぶと考えて、1/5とし、ベイズに重要なことを伝え損ねる確率を一律1/2とする。また、ベイズがミーンズの忘れ物に気が付く確率も1/2としよう。


 そして、ベイズを殺す動機のある人間の利益を10とし、動機の無い人間は10の損失となることにしよう。この殺人は、直接ベイズを殺していないという点から、捕まる損失は0としよう。


 まず、メディアンが犯人になることは無い。なぜなら、メディアンはベイズを殺す動機が無いから、どう転んでも損失しかないからだ。


 なので、犯人がモードンの場合を考える。


 モードンにはベイズを殺す動機があるので、利益はある。だから、確率で考えると、メディアンとベイズが睡眠薬と取り違え、忘れ物に気が付く場合、ベイズが睡眠薬と取り違え、忘れ物に気が付かず、ミーンズも暖炉の説明を忘れる場合、ベイズが睡眠薬を飲まず、忘れ物に気が付き、モードンが壊れたバイクの忠告を忘れ、ブレーキの壊れたバイクになる場合の3つの場合がモードンが犯人でベイズの死ぬ場合だ。


 これらの確率は、計算すると、1/4×1/2×1/2+1/4×1/2+3/4×1/2×1/5=21/80だ。


 次に、犯人がミーンズの場合を考える。


 ミーンズも動機がある。よって、確率で考えると、メディアンとベイズが睡眠薬を取り違え、ミーンズの忘れ物に気が付いた場合とベイズが睡眠薬を飲まず、忘れ物に気が付き、モードンが壊れたバイクの忠告を忘れ、ブレーキの壊れたバイクに乗る場合の2つが、ミーンズが犯人でベイズが死ぬ場合だ。


 これらの確率は、計算すると、1/4+3/4×1/2×1/2×1/5=23/80だ。


 このような結果から、モードンよりもミーンズの方が期待値の利益が大きいので、犯人はミーンズだ。


 としたかったのかな?」

「……恥ずかしい限りですけど、その通りですね。」

「これを読んだ読者は、狂気じみた暴論推理だと思うだろうね。


 そもそも、バイクが5台あるから1/5になるのはいいとして、薬を間違う確率が1/2とか、忠告をする確率が1/2だとかはあまりにも作者の匙加減過ぎるよ。


 それに、高校数学の参考書ならともかく、ミステリー小説にこんな確率の数式を並べたら、誰も読まないよ。


 さらに言うなら、モードンとミーンズの確率の差が1/40しかないなら、十分モードンが殺人を犯す確率もあると思うがね。


 ……といくらでもケチが付けることのできる酷いミステリーだ。」

「だから! 助言を頼んだんですよ!


 頭でどう考えても、この作品の欠陥が無くならないから聞いているんじゃないですか!」

「まあ、そう怒るな。


 私はこの偶然性を用いた殺人、言いかえると、プロバビリティーの犯罪を確率論で表現しようとした独創性は評価している。


 だから、この独創性を崩さないよう何とか小説を形にする方法を提示しよう。」

「出来るだけ提示する条件は少なめにしてくださいね。」

「大丈夫だ。提示する条件はたった1つだ。


 メディアンとベイズの間に怨恨があるようにするだけだ。」

「それだけですか?」

「もちろんだ。


 それに、モードンとミーンズに動機があるのに、メディアンに動機が無いだけで容疑者から除外されるのは、あまり良くないだろう?」

「確かにそうですね。なんとなく犯人当てのミステリーで容疑者が2人であるのは、駄目かなと思って、無理やり付け足したから、動機が無いって言う無理な理由で犯人として除外したんです。


 でも、少し安直ですよね。」

「そうだな。メディアンに動機が無いだけで容疑者から消去するのは暴論だ。


 だから、メディアンに時間的制約のない動機を持たせるべきだ。」

「時間的制約のない動機ですか?」

「どうやら、ゲーム理論の勉強どころか。ミステリーの勉強もおろそかなようだね。」

「どういうことでしょう?」

「まず、このような偶然に頼るような殺人をプロバビリティーの犯罪と言うことは知っているか?」

「はい、一応知ってます。」

「なら、このようなプロバビリティーの犯罪を仕掛ける犯人の心理も知っておくべきだ。」

「心理ですか?」

「じゃあ、次はプロバビリティーの犯罪を犯す犯人の心理について解説していこう。」

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