プロバビリティーの犯罪
「プロバビリティーの犯罪が行う犯人は狙っている人物がいつ死んでもいいと思っている。
プロバビリティーの犯罪は偶然性に頼る以上、狙っている人物が死なない可能性がある。だから、犯人は時間的制約のない動機を持っていなければならない。
もし、この偶然に頼る殺人は、殺人が失敗する可能性を常に秘めている。だから、今すぐに殺さなければならないという動機を持っている犯人はこんな偶然性に頼るようなことはしない。
もし、時間的制約のある動機を持つ犯人なら、さっきの甘く見積もった確率計算でも成功率が50%を超えない殺人をするくらいなら、多少の危険を冒してでも成功率が100%で標的を直接殺すだろうな。
それじゃあ、今回の事件をそう言った観点から考えてみよう。
まず、ミーンズだ。ミーンズはベイズの遺産が欲しいという時間的制約のある動機を持っている。だから、ミーンズが犯人である可能性は低い。
次に、モードンはベイズの遺産を相続することが、ベイズを殺す動機だ。モードンの会社は倒産寸前だから、今すぐにでもベイズの遺産が欲しいから、プロバビリティーの犯罪をすることは無いと言える。
仮に、プロバビリティーの犯罪に頼ったのだとしたら、バイクを5台も並べておかない。並べておいたとしても、5台すべてに鍵をバイクに刺しにすることはしないな。
私が犯人なら、ブレーキの壊れたバイクだけを残しておくか、壊れたバイクの鍵を刺しっぱなしにしておくな。
こういった点から、モードンは犯人である可能性は低い。
では、メディアンはどうか?
メディアンは先ほど言及しなかったが、動機があるとした時、17/40の確率でベイズを殺すことができる。これは、他の容疑者よりも高い確率でベイズを殺せるということだ。だから、実はベイズ均衡上ではメディアンが犯人であることが合理的なんだ。
だが、さっき言った通り、ベイズ均衡で犯人を確定することは出来ない。なら、時間的制約のない動機をメディアンに持たせることで、犯人を確定させることができる。
少し煩雑な説明になったが、このミステリーの真相はシンプルだ。
単純に、偶然性に頼った殺人を行う利点がある人物を見つけるだけの簡単な間違い探しをするだけだ。
だから、解決編はこう書けばいい。まず、探偵助手のオスカーにベイズ均衡の確率論的な推理をさせる。その後、ノイマンがそんなに難しく考えずとも、時間的制約のない動機を持つメディアンが犯人であることが合理的だと推理させ……。」
「ちょっと待って下さい!
変な小説書いた私も悪いですけど、教授の推理も悪い気がしますよ。」
「ほう、それはどの点が?」
「そのプロバビリティーの犯罪が時間的制約のない動機を持つ人間が犯人になり得ることは分かりました。
でも、さっき教授は動機で犯人を確定することは、暴論だったと言いましたよね?
その発言の矛盾はどうするんですか?」
「そうだな。確かに、私の発言は矛盾しているように見える。だが、話は最後まで聞くことだな。
確かに、メディアンが犯人だという推理をノイマンが提示する。その後、犯人をメディアンじゃなくすんだ。」
「どういうことですか?」
「まず、合理的に考えれば、メディアンが犯人だ。そもそも、暖炉の鳥の巣も、ブレーキの壊れたバイクもモードンやミーンズがベイズに伝える必要はない。
だって、そういう連絡事項は普通は、使用人であるメディアンがするべきだからだ。
一応、ベイズの別荘なのだから、主であるベイズにあらゆることを伝えるべきだ。それなのに、バイクで出かけるときでさえ、ブレーキの壊れたバイクの存在を伝えなかった。
このような行動は、とても犯人らしいと言える。
だから、この点で、メディアンが犯人であると確定する結末もいい。」
「確かにそれなら、ミステリーとしての体裁は整っている気がしますね。
ただ……。」
「現実的な事件の立証は不可能だ。
なぜなら、プロバビリティーの犯罪の良い点は、成功してしまえば、完全犯罪になりやすいという点だ。
現実でこのような事件が起きたとして、書類送検までは出来ても、立件や有罪判決が出るかと言うと疑わしい。
だから、犯人当てのミステリーとして見る分にはまだ可能だ。
なので、このメディアンが犯人であるという推理の後に、別の真相をくっつけることが現実的な落としどころとなる。」
「その結末ってなんですか?」
「それは、ベイズの自殺だったとすることだ。」
「……なるほど、それがこの小説を見せた最初に言っていた犯人のいない結末ですね。」
「そうだ。犯人のいる結末はメディアンが犯人であるとする結末。
そして、犯人のいない結末はベイズがベイズを殺したとする結末だ。
そもそも、ベイズは普段飲んでいる薬が睡眠薬になっていることに気が付かなかったのか?
ベイズは1日泊まっていたのに、なぜ、暖炉を使わなかったのか?
ブレーキの壊れた一番古いバイクになぜ乗ったのか?」
「確かに、そうですね。」
「ベイズが普段飲んでいる薬と睡眠薬を間違えるようなことがあるかは疑問だ。そもそも、別荘の使用人であるメディアンがベイズが普段使いしている薬を入れている棚を整理することをする必要があったのかも疑問だ。
ベイズは薬が睡眠薬になっていることとメディアンがそれをする必要があったのか不思議に思ったはずだ。
それに、ベイズは暖炉を使う季節にもかかわらず、死ぬ前日から暖炉を使っていなかった。暖炉を使っていたなら、煙で大変なことになっただろうし、捜査で浸かったような証言は出なかったことはおかしい。
つまり、ベイズは別荘で暖炉を使わなかった。それは、ただのやせ我慢ではなく、暖炉の上にある鳥の巣に気が付いていたからと考えることができる。
ベイズは2つも不思議なことが起こっていることにも気が付いた。
極めつけに、ブレーキの壊れたバイクは、一番古いものだったと書かれていた。だが、ベイズはその古いバイクに乗った。
人間の心理として、まず新しいものを使うと思うが、ベイズはそうしなかった。さらに、おそらく長く使われていないバイクなら、埃をかぶっていたかもしれない。そのようなバイクにわざわざ乗ったのは、ブレーキが壊れていたことに気が付いていたと考えることもできる。
そして、この時大事なのは、その古くて使われていないバイクに燃料が入っていたことだ。普通、壊れたバイクは使われないために、燃料を抜いておくはずだ。なのに、ブレーキの壊れたバイクは動いた。
だから、ベイズは誰かが自身を殺そうとしていることに気が付いた。
この別荘に来てから、不自然なことが3つも連続している。それは確実に自身を死に追いやる仕掛けで、誰かが意図を持って行っている。
この時、ベイズは思ったはずだ。
薬はメディアンがした。バイクはモードンがした。おそらくだが、暖炉の鳥の巣もミーンズではないかとも勘繰る。
なぜなら、暖炉の鳥は全員が知っていることだから、誰かがベイズに忠告してもいいはずだ。
なのに、誰も忠告に来ない。
おそらくこの時、ベイズは3人全員が自分を殺しに来ていると感じたはずだ。
モードンとミーンズは金。メディアンは怨恨。
ベイズは自身が殺したいほど恨まれていることに気が付いた。そして、心を痛めた。
だから、皆の意図通り、死んでやろうと決意した。
そして、ベイズはブレーキの壊れたバイクで、崖に突っ込んだ。
だから、これはベイズの自殺だった。
こういう結末だと、犯人が出ないから、証拠を持ってくる必要はない。証拠を出したいなら、後から遺書が見つかったと解決編で書けばいい。
これが1番現実的で合理的な結末だ。」
「……悲しい結末ですね。」
「これは、君の書いた作品だろう?」
「そうですけど……。」
「頭の中では完璧にできた小説でも、実際に書いてみると、不完全になることがある。そして、その不完全な小説は、予想だにしない結末になることがある。
悲劇は偶然で出来上がることもある。
実際、今説明した薬や暖炉、バイクも全て偶然皆がベイズに忠告を忘れただけだったのかもしれない。それなのに、ベイズは勝手に勘違いして、死んだのかもしれない。
誰かがベイズに忠告をしていたならば、結末は変わっていたのかもしれない。
それでも、誰もベイズに声を掛けなかったんだ。こういう悲劇は、現実にも多く潜んでいるよ。だから、君も気を付けるようにね。」
「……はい。」
教授は少し悲しい顔でそう言った。
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私は結局、この小説は没にした。解決編を書けなかったからだ。
今の私ではこの結末を書けない。いつか私に途方もない悲劇が襲い掛かった時、この小説の結末を形にできる。きっと、教授はこの小説の結末を形にできる人だ。
でも、私はまだ書けない。
私はそう考えて、筆を置いた。
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