秋に散る桜

「パリッパリね。」


 梨子は文庫本のページの隙間から落ちてきた桜の花びらを摘まんだ。その花びらは乾ききっていて、パリパリしている。本に挟まれていたために、横幅はピンと真っすぐに延びている。


 花ぴらはきちんと薄ピンクの桜色をしていて、色褪せてはいなかった。花びらに残った茎の部分も茶色く枯れているわけではなく、薄い緑がまだ残っている。さらに、花びらは綺麗な曲線を描いていて、一点の欠けもない。


「まるで、最近入れたみたいにきれいに保存されてる。」

「そんな桜の花びらの考察よりも私への感謝は無いの?」

「まあまあ。本を片付けてくれたことは感謝するから。」

「っていうか、本が引き出せないからって、大きなカブと同じ方法で引き抜こうなんて発想を持たないでよ。」

「だって、それしか方法ないじゃない。」

「……確かにそうかもしれないけど……


 結局、引き出した本命の本じゃなくて、その文庫本を持ってきただけじゃない。」

「だって、優美も気になるでしょ。


 本に挟まるはずのない桜の花びらの謎について。」

「……確かに不思議ではあるけど……。」

「でしょ。だって、今は3月の始めだから、沖縄でも桜は開花していないわよ。石垣島なら、桜は開花しているかもしれないけど、それはおそらくあり得ないわよね。それに、この本に入っていた桜の種類はこの薄ピンクの色合いから推測するに、ソメイヨシノよ。


 石垣島で早咲きする桜の種類は、濃いピンク色のヒカンザクラ。だから、図書室で借りた本を石垣島で読んだ後、この図書館に返したっていう推理は成り立たないわ。


 それに、秋に咲く桜の品種もあるけど、ソメイヨシノはそんな品種じゃない。そして、台風で葉桜が散らされた反動や気温の異常でソメイヨシノが秋に咲くこともあるけれど、今年はそんなことが起こったとも聞かない。


 だから、今年の桜の花びらではない。


 では、去年の桜なのかと言うと、それも違う。だって、この『FIRABELFIA』は、去年の夏に初版が出されている本だから、去年の春に散った桜の花びらが入り込むことは無い。


 よって、去年より前の桜の花びらではない。


 これらをまとめると、この本に桜の花びらが。と言うことになるわね。」

「でも、現実には桜の花びらが本の中に入っているわけだから、今、梨子がした推理のどこかが間違っているのよ。


 例えば、南半球の桜ならどうかしら?


 日本と反対の南半球では、季節が反対になっているわよね? ということは、北半球の日本が冬なら、南半球のオーストラリアは夏。


 そうなれば、日本の秋はオーストラリアの春!


 オーストラリアにも桜があるらしいから、こうなるんじゃないかしら。この本をオーストラリアに持っていき、桜の花びらを挟む。そして、日本に持ち帰って、この図書館に返したのよ。


 どうかしら? いい推理じゃない?」

「いい推理なら、オーストラリアでこの本を読んで、美術の棚にこの小説を入れる行動原理も込みで考えて欲しいけどね。


 と言えど、確かに、それは可能性として有り得るわ。でも、オーストラリアまで行って、この本に桜の花びらを挟む理由は何?」

「……この本が桜に関係ある話とか?」

「残念ながら、この『FIRABELFIA』って本は科学系のSF作品のようね。ざっと見た感じ、桜が関わっている感じはなさそうね。」

「でも、オーストラリアの桜の下で読書をした人がこの図書館に本を帰した可能性はあるわよね。」

「それにしちゃ、この本には不思議なことが多いのよ。」

「何か不思議なことある?」

「まず、この文庫本が西洋美術大全の間に挟まれていたことよ。


 さっき言ったけれど、この本はSF小説よ。西洋美術のジャンルとは全く関係ないわけよ。当たり前だけど、図書館ではジャンルごとに本を整列させるのが基本よね。この大学図書館の場合、美術の本棚はさっきの2階の隅っこ。だけど、SFとかエンタメ小説が置かれている場所は、1階のトイレ近く。


 そうなると、西洋美術大全とこの文庫本は交わることのない本たちということになるの。となれば、確実に言えることは、誰かが何らかの意図を持って、この本を西洋美術大全のシリーズの中に忍ばせたということになるの。


 だって、さっきの優美の言う通り、オーストラリアの桜の下で本を読んだ後、日本に返したとする。そうなると、この本を借りた人は、この図書館から本を借りた訳だから、この図書館に本を返すわよね。


 そうなると、この文庫本は1階のエンタメ小説コーナーに戻されるはずよ。間違っても、2階の美術コーナーに返されることは無いわね。


 ちなみに、司書さんが間違ってこの文庫本を美術コーナーに戻してしまったという可能性も絶対にないわ。


 なぜなら、この文庫本は西洋美術大全の中にギチギチに詰まっていたからね。

 

 一応、この大学図書館に雇われた人なら、あそこまで本を詰めることは無いわよ。絶対に違う棚にこの本を入れるわ。それに、西洋美術大全の途中に入れるなんてミスもする訳が無い。


 ということで、この文庫本は誰かがこの本を図書館に返してきたものではなく、誰かが何らかの意図を持って、西洋美術大全の本棚の間に直接入れたということになるわ。」

「……それは分かったけど、わざわざ本を西洋美術大全の間に入れる意図って何よ?」

「……そうねぇ、わざわざこの本を固く詰まった本棚に入れる理由……。」


 梨子は文庫本をぱらぱらとめくりながら、この事件の真相を考える。すると、本の真ん中あたりにしおりが挟まれていることに気が付く。その栞は和紙のような材質で、上部には古びた薄ピンクのリボンが結ばれている。


 そして、よく見てみると、栞の下部には小さな凹みがある。


 梨子はしばらくその栞を見て考えた後、あることを思いつく。梨子は文庫本を裏返してみてみる。すると、あらすじが書かれた新品そのままの背表紙があった。


「分かった!」

「本当に!?」

「ええ、完璧に分かったわ。


 重要なのは、この本が図書館の蔵書じゃないこととこの栞が挟まれていたことよ。」

「どういうこと?」

「まず、大学図書館の蔵書なら、ほとんどの場合は背表紙にバーコードが貼り付けられているの。最近は図書カードで貸し出しの管理をするんじゃなくて、バーコードで貸し出しの管理をしているの。


 だから、大学の蔵書なら、背表紙にバーコードが貼り付けられているはずよ。もちろん、貴重な本や古い本には貼り付けられていないこともある。だけど、これは夏の新書で、本屋でも普通に売っている平凡な文庫本だから、絶対に背表紙にバーコードがあるはずだけど……。」


 梨子は優美に向かって、文庫本の背表紙を見せる。


「背表紙にバーコードが無いわけね。」

「そう! となれば、この本はこの大学図書館の蔵書ではないということよ。」

「そうなるけど……。」

「そして、本に挟まっていた下部に凹みのある栞。」

「それが何の解決になるの?


 図書館の蔵書でないことと栞があることで、その文庫本が西洋美術大全の間に挟まれる理由も、入るはずのない桜の花びらが入る理由も全く分からないんだけど?


 むしろ、謎が増えているような気がするんだけど?」

「いいや、全部解決できるよ。


 じゃあ、今からまるっと解決編といきましょうか!」

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