第5話リリアン王女との約束

 功績の横取りをしていた人が居るのは知ってるけど、この先ちゃんとやれるかは知らないわ。そういうのは気づかれた時にはもう遅いってのが多いけど、王女は全く私を国に戻すつもりはないのよね。


「ゲベート王国優先、そういうことですよね」


「その通りです。ワタクシはゲベート王家に嫁入りするのですから」


 はっきりと何でも割り切れるわけじゃないでしょうけど、王女のこういうところは凄いわよね。何も悩まないで言い切っているわけじゃないだろうし、故郷はなんといわれようとオプファー王国ですもの、どこかで悲しい思いをしているはずよ。


「こちらが落ち付いたら手伝う位は構わないと思いますよ。王女にはオプファー王家の血が流れているんですから」


「……そうですね、優先順位は違えど、大切な存在なことに違いはない」


 エスメラルダが紅茶と焼菓子を持って来てくれたわ。甘い良い香りね。一口傾けると香りだけで甘みは全然ない、それでも満足行くのよ本物は。


「この国は中央南部に王都がありますよね」


 見せて貰った地図がそうだったので、絵が頭に残っている。卵型のような国で、重心が下の方にあるように王都がそんな位置にあった。出っ張ったり凹んだりあるけど、全体的にそういう印象よ。


「より正確には、国土が北部に拡張されたのだがアリアスの認識は正しい」


 あ、そうなんだ。さすが王女、この国の歴史もお勉強済みなわけね。


「円と円を結んで線を作るなら、王都から一番遠い都市に円を置くのが良いと考えてるわ」


 王女はこっちを見て言いたいことを吟味してるのかな。地図ではかなりバツマークついてたけど、魔物の力が強い地域なのは統治が短いからってことになるのかしらね。


「効率を求めるならばそうなるか。隣接都市を拡げて行くのと掛かる時間比較では半分以下、しかし危険度は反比例で上がるが」


 判断するのは私じゃない、決めるのは王女よ。安全を求めて十年で全土に祈りの効果をもたらすのと、重要地域を背伸びして確保して、二年で目標を達成させるのとどちらを選ぶか。あなたの天秤はどちらに傾くかしら。


 目を閉じて様々不安定な状態で試算をしているみたい。別に今決める必要もないけど、始めるのが早ければ早い方が当然ゴールも早くなる。じっと王女の言葉を待つ、何を選んでもきっとしっかり根拠があるんでしょうけど。


「アリアス。そなたは王都から離れて辺境の神殿に入るつもりはあるか」


 それが一つの分岐点なわけね。はっきりいって場所なんてどこでもいいわ、どうせ一人で籠もってるだけなんだから。危険がどうかについてな訳なら、正直王都が安全とは言い難いのよね。世の中で一番怖いのは人間よ。


「別に構わないわよ。一度離れたら王女の意思の外に行ってしまう可能性はあるけれどね」


 今は招かれて王女の元で働くつもりだけど、手元から放すっていうのはそういうことよ。私はあなたの忠実な僕じゃないの、だから隠さずに面と向かって言えることもあるの。すっと目を開けると王女は不機嫌になるわけでも、不安になるわけでもなく言ったわ。


「ならばノルドシュタットへ行ってもらおう」


 北側にある最後の都市ね。それにしても思い切ったわね、あんなこと言いはしたけどどういう気分なのかしら。


「良いわよ。で、私が別の誰かのところで働くってことになったら?」


「願って従えるなどではなく、真に力を貸したいと思われる存在を目指しているのでな。その際は快く送り出してやろう」


 自信家なのね、それが全然嫌じゃないけど。自分の利益の為にやろうとしているんじゃない、より多くの誰かの為にそう言っているから。


「道を知っていることと、これから実際に歩き続けることは違うけど、そう言われると悪い気はしないものね」


 珍しく、私としては凄く珍しく心底気持ちの良い笑顔を見せる。権力者とかいうのはこんな純粋なことなんて言わないって思っていたけど、どこか他とは違うのかしらね。


「口だけかも知れぬぞ?」


「だとしたら大人しく騙されておくわ。欺いてでも行かせるだけの価値を認めてくれたってことだもの」


 本当にどうでも良ければ相手にはしないし、後ろめたいことがあれば誘導をする。こちらに可否を尋ねておいて今さらよ。


「すまぬなアリアス、苦労を掛ける。だがそなたしか魔物を退ける力が無いのだ、いずれ報いる」


 真面目か! とは突っ込まないわよ。どうやらそのあたり、お互い様の部分が見え隠れしてそうだから。


「そう思うなら神殿に美味しいお菓子をどんどん届けてくださいね」


「わかった約束しよう」


 真面目か! でも考え直されたらちょっと残念になるから微笑むだけにしておきましょう。王女が右手から指輪を外すと差し出してきたわ。なんな既視感ありね。


「これを持っているのだ。オプファー王家縁のもので、我の庇護を得ている証だ。黒角羊の紋は唯一」


 銀の指輪には角がはえた羊が彫刻されているわ、王族は羊の紋を持っているはずだけど、どうして唯一のものなのかしらね。説明しないってことは、知らなくてもいいってことかな。右手の指に嵌めながら「預かっておきます」短く返答する。


「それでアリアス、次はいつ屋敷を出るのだ」


 おっと、それもう見抜かれていましたか。


「今日のうちに。王女に会っておいた方が良いなって思ったもので」


「それなりに気に留めて貰えているようでなによりだ。ノルドシュタットへの移動、手筈が整い次第神殿へ使いを寄越す」


 軽く鼻で笑った後に口元を緩める、冗談を言える位のことでしかないのよこんなの。王女に生まれたってだけで、もっともっと大変な決断をしなきゃいけないこと、何度もあったはずだから。


「そうしてください。ところでこのお菓子ですけど、食べきれない分は持って行っていいですか?」


 エスメラルダが持ってきた焼菓子が美味しくて頬張る。三食お菓子で生きていきたい。


「好きにせよ。時にその左手の指輪、アリアスは装飾などしていなかったはずだが」


「ああ、これですか、さっき貰いました変な人に」


 え、変な人で合ってますよね? うーん……合ってるわ。


「変な? 見せて貰っても構わぬか」


 左手を差し出してつけたまま見せる。中央にある六角から、槍の穂先みたいなひし形が左右に二本ずつ飛び出してるような意匠。


「グラオベンのランツェだと、これはゲベート王家の紋章ではないか。変な人とは?」


 祈りの槍って紋章なんだ。他国のでも国旗くらいは知ってるけど、それまでは調べたことないわね。


「十代後半の女性で、首まである銀髪で、性格が飛んでる感じの人」


「ふむ、それは第一王女だな、何故アリアスにこれを」


https://kakuyomu.jp/users/miraukakka/news/16818093082910556211

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