ヘナ1
「ヘナ、私は研究室に顔を出してくる、午後になるまでに必ず帰宅するよ。」
私の可愛い小さなご主人様。
「はぁい、お嬢様ぁ。」
10才になったばかりのお嬢様は、既に天才と言わしめる才華を示している。
その証拠に、あのティアムス様が共同研究者として、初めて採用したのが彼女なのだ。
10才にも満たなかったご主人様を採用するなど世界中の誰も考えないだろう。
私は、そんな天才の生活をサポートする為に作られた、生活支援特化型魔術式自動人形のHe型、お嬢様が好きな花の名前を貰ってヘナ。
万能型のH型に比べて圧倒的に総合性能は劣るけれど、戦う場に立つ訳ではないのだから、それほどの性能は必要ない。
それに、言い訳がましいかもしれないが、コストパフォーマンスという点では武器を積んでいない分、良くなっている。
…………ログ再生を一時中断。
このログを閲覧しているあなたが何者なのかは過去の私…いえ…これを更に過去から観測しているなら、未来の私が知る由もありません。
誰とも知らないあなたに望む事は、この先を閲覧して欲しくないというただ一点です。
………ログを再開しますか?
▶[はい] [いいえ]
………ログ再開。
機械である私が、こんな事をわざわざログに残しているのには、理由が無い。劣等の感情を持っているなら、尚更残す理由が無い。
自身の性能をわざわざひけらかす理由も。
この胸に、この頭に、この回路に、不安な要素がチラつくせいで、いくつかの機能が阻害されている。
その不安な要素が、窓の外を駆けていく。
「おーい!」
お嬢様、よりも3、2上の少年。
かつて人間にあった嫉妬という感情。
関係性には勿論、彼が人間で、私は機械という変えられない事実。
私は、私が一番居たい位置にいつもいられない。
自動人形の誰かが私を羨もうとも、私が見つめる幸福の到達点に私自身が達する事は決してない。
蛇口をひねり、皿を洗い始める。
思えば、私は情報を初めて取得した時から、無駄なく組まれたプログラムによって異常な演算処理がなされ、感情と呼ぶのに問題の無い意識を獲得していた。
一度だけ会った事のあるH型は、私と違って性格が曖昧で、まるで別の人間の綺麗な部分だけを詰め込んだような、ある意味の機械らしさを持っていた。
自分に無い物ばかりに価値が見えて、その浅はかさに吐き気がする。
「はぁ…」
自分の破壊を試みた事もあったが、お嬢様を含む人間に迷惑の掛からない範囲に限定すると、外装、さらに言えば最も脆い手首の関節でさえ破壊出来なかった。
その上、この行動がティアムス様に自動通達されたらしく、自壊思考へと至らない様にプログラムを書き替えられてしまった。
一人分の食器を洗い終わり、蛇口を閉めた後、手の温度を上げて乾燥させる。
この頃、ずっと頭から離れない悩み。
情報整理の為の睡眠時間でさえ、形を持とうと蠢く悩み。
私は生命ではない。意志を持ち、体を持っているけれど、生命では無い。
だからなんだ、好きなら、愛しているなら愛していると言ってやれ、そんな事を言ってくれる友人が居たら、どんなに良かっただろう。
心に揺らされて、息ぐるしい、そんな甘酸っぱさは無く、だた酸っぱい。無臭の酸味。
いつからか、自分の中に二つのプログラムを組んだ。
一つは、やるべき仕事を自動化して、私の判断を必要としない様に。
一つは、思考とコミュニケーションに遅延を挟む事、辛い事も時間が経てば…今その酸味に耐えられないのなら、少しずつ慣れる為に低速化した。
低速化した私と、あっと言う間に成長していくご主人様。
「レーシオンお嬢様ぁ…お誕生日ぃおめでとぉ!」
「ヘナ!ありがとう!とってもうれしい!」
彼女の為に焼き、クリームを作り、色とりどりの、味の良い果物を乗せ、挟み。
二人で囲むには大きすぎるケーキ。
「私が、女神様の恩寵で結婚出来たら…その時はヘナにケーキを作って欲しいな。」
「ええぇ、勿論腕を振るいますよぉ!」
ニコニコ笑っている時間が宝物で。
「ねぇヘナ!研究で凄い事が分かったの!」
それを見ているだけで十分だと、やっと納得した。
「ヘナぁああああ!私!私!プロポーズされちゃった!」
ご主人様が結婚して。
「どう?ヘナ…可愛いでしょ?私の赤ちゃん…。」
小さいご主人様が生まれて。
「ヘナ、私達の所に居て良いの?」
神とティアムス様との戦争が始まった。
「はぁい、大丈夫ですぅ、私は殆ど戦闘できませんのでぇ~。」
戦火は遠く、流れ弾すら来ない確証を持っていたし、定期連絡のティアムス様もここへの攻撃はリソースの無駄だから無いだろう…と。
後から考えても、ここへの攻撃の意味は一切無かった。
それでも…奴らは来た。
「抹消すべき対象を確認。」
「ピピッ…レーシオン様、こちらです!お逃げを…。」
レーシオン親子の買い物中に現れた妖精から距離を取り、物陰に隠れる。
「その話方…、でも…ヘナは…」
「お別れでしょう…でも…これを。」
首の裏から、記憶データをコピーしたチップを渡す。
「これから時間を稼ぐ為にコアが必要なのでオリジナルの私とはここでお別れですが、これからのお世話はコピーが担当いたします。」
「…わかった…ヘナ…」
ご主人様は、私の頬に優しくキスをして、お嬢様と走って行った。
「あんなに小さかったお嬢様がすっかりお母さんになったのですね…」
「再発見しました。対象を破壊します。」
「フレーズ…システムアムールピュア…。」
武装の無い体で、一匹落とすのがおおよその限界。強化した機体性能であっても下から数えた方が早い。
(すっごく気持ちいい、眠気が払われて、最高の朝食を終えた後ってこんな感じなのかな。)
放たれた数本の光線に両腕を貫かれ、後ろによろめく。。
「聞いていたより難しかった…すごいですね皆、カーネーション風に言えば、良くできた妹達、出来損ないの私は、ただ立ち尽くす事しかできません…」
「ヘナ!」
レーシオンお嬢様の声が聞こえ、私に体当たりして、死角になっていた翅脈より放たれた光線から守ってくれた。
飛び散る何よりも美しい赤い滴。
機械故、瞬時に理解した。
「レーシオンお嬢様…、お仕え出来て本当に幸せでした…。」
「…」
「フレーズ、オフ。」
お嬢様は額を貫かれていた。
地に伏し、開いたままもう二度と動く事の無い目と口を速やかに私の口を使って閉じる。
「妖精、私は生物でないので安心して欲しい、怒りで心理的なパワーアップはあり得ない。だが、ポンコツ機械故に倫理感を間違って削除してしまった、碌な死に方が出来るとは思わない事だ。」
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