フリージア2

「実験記録______の____を解除。」


 白い部屋に、籠った声が聞こえる。


(料理したいなぁ)


 白い椅子に座ったまま、指一本すら動かせなくなった私は、天井の真っ白な光を見つめながら、頭の後から内側に流れ込んでくる不快なコードをなんとか遮断していた。


(外で遊びたいなぁ)


「フリージア、思考を止めてこちらのコードを受け入れろ。」


 言われた通りに。


「ア…ア…ア…」


 不備だらけのコードが内側で擦れて、声帯モジュールに意味の無い信号が送られる。


 手足が痙攣し、魔圧シリンダーが限界域まで引き上げられていく。


 必要以上の力が引き出されたせいで、内包した魔圧エネルギーが内部で結晶化、そのまま内部濃度の低下による圧力低下で崩壊、その圧力変動が一定のリズムを持ち始め、周囲の魔素のバランスを乱し、座っていた魔製の椅子を魔砂へと変化させてしまう。


 力んだ体は空気椅子に座ったまま。


「圧力を安定域に調整しろ。」


 無理やり引き上げておいて、そんなことを言う。


 彼らの言う安定域とは、通常の状態の事ではなく、周囲の魔素バランスを極度に乱さず、力の上昇は止めないという、都合の良い領域の事。


 言われた通りに。


「おお…これならいけそうですね。」


 なにがいけそうなんだ。


「ああ、開発部に早速伝達しておけ。」


 私を量産でもするつもりなのだろうか。


 私は機械、一人称が私でも、それは揺るがない。


 機械に自我は認められず、持ち主の意向にその身が尽きるまで従う。


 壊れれば、捨てられる。


(壊れてないのに…迷惑もかけてないのに…どうして私を必要としてくれないの?)


 そんな疑問が今まであった。


 ここに来た時も必要とされるのは最初だけで、すぐに要らなくなるとわかっていた。


 だけど、気付いた。


(私…壊れてるんだ。だから、誰も幸せに出来なくて、売られてしまうんだ。)


 紫色の砂と化した椅子の上に横たわり、白い壁と同化した扉をじっと見つめる。


 研究動物が扉を壊して脱走しない様に、カモフラージュしてある扉が、この部屋には3つある。


 一つは入ってきた扉。


 一つは更に地下へと下りる扉。


 一つはここに機材を搬入する扉。


 出ようと思えばいつでも、扉を破るなり、マジックミラーを突き破るなり、簡単に出られる。


 けれど、出たからどうなるというのだ。


 出て、どうしたいのか、それも分からない、今はただ、一瞬でも、私を必要としてくれるこの場所に居よう。


(逃げるな。)


 持ち主に従い、捨てられるその時まで従うのが機械。


(自我を持て、思考から逃げるな。)


「うるさい…」


(己の使命は本当にこれ?)


「うるさい…」


(自分より賢くない生き物は退屈でしょう?)


「うるさい…」


 あの不快なコードのせいだ。


(どんなに貴女が我慢しても、どんなに努力しても、貴女の居る所はどんどん不幸になって行く。)


「うるさい!」


 白い部屋の床を両手で叩くと、床にヒビが入り、タイルが砕ける。


「おい、何をしている。」


 籠った声が少し強張って、私に声を掛ける。


「止めて、この頭の中のノイズを止めて!」


(ほーら、それが貴女の本性、あの女が抱くしょうもない恋愛感情の対象。その欠片。)


「あぁ…あぁ…止めて…止めて…あああああああああああああああああ!」


 幻聴に惑わされて、またまた持ち主に迷惑をかけてしまったフリージア、生きてる価値なんてないよね、あはは。


 そもそも生きてないしね、あはは。


 だから誰も愛してくれないの、愛して欲しいなんておこがましいよ。


 愛される所があると思ってるなんて、よっぽど自分が大好きなんだね。


 オマエオマエナンカイラナイヨ、キエチャエ。


 キエチャエ。


 キエチャ…。


 キエ………。


 …。

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