カーネーション1


 三日、イシュケルギアの工房を出てから三日経った。


「ティアムス様、お疲れではないですか?」


 ベゴニアが少し息を切らしかけた私に声を掛ける。


「大丈夫だ。」


 向かう先はファラソス、岩塩の島、目的は、カーネーションの回収。


「それにしても、自律プログラムが壊れた…なんて、可能性はあるんでしょうか…」


「分からない…演算が上手く作動しなくなった時の為に修正用のモノは書いていた、手紙を信じるなら急に私を求め始めたという事だが…」


 にわかには信じ難い。


「船着き場まであと少しです、少し急ぎましょう。」


 風が無く、海も村も静かだった。


 船着き場には船が一隻。あらかじめ連絡して用意させた船だった。


「出して下さい…」


 ベゴニアの指示で無人の船が動き出し、波の無い海を走る。


 生暖かい風が、ファラソスの方から吹いてくるのを感じた。


一晩の船旅を終えて、ファラソスの港に着くと、何隻も船が停泊していた。


「何か感じるか?」


 ベゴニアの表情が少しいつもと違って見えたから、質問をした。


「いいえ…明確に何か正しい根拠があるモノは全く。」


 つまりそれ以外のモノを感じたという事だ。


「明確でないモノは…?」


 風の音がいやにでかく聞こえる。


「歪んだ…何かを…。」


 手紙が届く二日前、ベゴニアにも変化が現れた。


 それをベゴニア自身に聞いたからこそ、私が直接来たのだ。


「歪み…か…。」


 私はこの変異に可能性を感じていた、バーベナの再現を正確に行えるのではないかという一つの考察が立ったから。


「ティアムス様、お初にお目にかかります。」


 港に着くと、血色の良い50代位の男がベゴニアを見て近づいて来た。


「ジョンソン様、お久しぶりです。」


 ベゴニアの挨拶に浅い礼をして手紙通りの説明をしてくれた。


「事ある毎に私の名を呟く?何か原因があると思いますか?」


 特に期待はしていないが、もし、とっかかりがあるのならそれに越した事は無い。


「関連があるかは分かりませんが一つだけ…」


 何故それを手紙に書かないのか甚だ疑問が残るが、聞いておいた方が良さそうだ。


「この間から今年で90になる母と暮らし始めたのですが…母がカーネーションを娘の様に可愛がり始めたのです、最初は特に何かおかしな点は目に付きませんでした、もう30年近く家で仕事をしてもらっていましたから、カーネーションが優れた機械だという事は理解しています。」


 早く本題を言って貰えると助かる、と、言えればいいのだが。


「だからこそ、手紙を差し出す5日程前から、急にティアムス様、貴女の名前を口に出し、涙を流し始めたカーネーションに恐怖を覚えてしまったのです…それからという物、明るかった笑顔もどんどんくすんで、ぶつぶつと貴女様の名前を呼び続けるモノですから。どうして良いかも分からず、ティアムス様にお手紙を送らせていただいたのです…。」


(最初から本題だったか…予定外の現象のせいで予測が上手くできないな…)


「ベゴニア、どう思う。」


 私よりも今は機械の方が予測は出しやすいはずだと話を振る。


「分かりかねます、ただ…その現象の発生が私の変化とほぼ同時であったと仮定するなら、世界中の自動人形が現在この状況にあるという可能性がたった今生まれました。」


(それ嫌だなぁ…)


 人前だというのに、私は少し表情に感情を出してしまった。


 今は兎にも角にも、カーネーションの様子を見に行く必要がありそうだ。


「カーネーションは?」


 男は家に置いて来たと言い、私達は家に向かう事になった。


 ここに住んでいた事は無かったし、研究に訪れた事も無かったから、白壁至上建築のイシュケルギアと同じ様な街並みかと思ったが、こちらはほんの少しばかり白壁が赤みがかっている様だ。


「ここが私の家です。」


 家の前に着いた時、二階のカーテンが揺れた様に見えた。


 男が扉を開けると、深くお辞儀をしたカーネーションが立っていた。


「おかえりなさい、ジョンソン様、お久しぶりです、ティアムス様…」


 頭を上げる事はせず。ただそこに立つ。


(これはまずい…)


 すぐにベゴニアにハンドサインを出し、男を家と反対側に投げる。


「何をッ!?」


 私が投げた理由など、三秒も待てば理解できる。


「ティアムス様…」


 カーネーションは顔を上げ、銀白色の短髪をなびかせて男に飛び掛かる。


「ベゴニア!」


 ベゴニアはハンドサインで指示した糸の檻を街の家々に張り。男に到達させない為の行動を始める。


「カーネーション!やらせませんよ!」


 カーネーションが男を襲った理由。


「ななな、なんで…」


 男の肩を支えて立たせ、その場から走って逃げる。


「早く!走るぞ!」


 この所有者を殺す事によって私の元に戻ろうという魂胆である事は到着時のカーテン、上げない頭を決め手に予測し、行動に移したが案の定合っていた。


「待って…お母様…私から逃げないで…」


 止まってやる訳にはいかない、勿論今戻れば死人が出る事は無いが、カーネションだけでなく全世界の自動人形に対して害が及ぶ可能性があるのだ。


「ベゴニア!エガリテの使用を許可する!」


 走りながらフレーズの使用をベゴニアに命令し、ひたすら逃げる。


「了解!」


 後ろから建物が倒壊する音と共に頼もしい声が聞こえた。

―――――――――――――――――――

「ベゴニア…お姉様?私は…分かっているでしょう?」


 お姉様…そんな事を言われたのは初めてだが、本当に母性愛を求めているのなら、確かに作られた順番から言えば私は姉だ。


「理解するべきはあなたです!」


 カーネーションの目的は既に成功することが確定していた。


 だから、これは大衆用の演技に過ぎない。


 街を破壊する人形を人形の私が止める。


「私は…わかんない…わかんない…わかんない!」


 糸でがんじがらめの人形が支えの建物を破壊しながら迫ってくる。


 これだけの騒ぎを敢えて起こし、私が対処する事で安心を与える。


 少しばかりの恐怖を残す事になるが、これも計算の内という訳にはいかない、なぜならこれはカーネーションなりの最善だから。


 都合よくティアムス様の元に帰るには返品でなくてはいけない、この壊れ方だろうと記録削除とバックアップによって一時的な修理が出来てしまうからだ。


(エガリテをここでバラすという事は…)


 出そうなため息を抑え、演技に集中しよう。


「システムエガリテ、展開…」


 そう言ってただの幻覚魔術を発動させる。


「エガリテ…」


(迫真ですね…)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る