第41話 告白 side小豆

「梢ちゃん顔真っ赤」


 女性同士なのだから、そんなに恥ずかしがるような事ではないだろうに、異常な程に照れて、顔に紅葉を散らしたようになっている彼女が堪らなく愛おしく思えた。


 彼女の頭をそっと撫でると、さらさらとした長い髪が指の間をすり抜ける。彼女の顔を覆う柔らかい髪を指先で掬い上げ、耳に掛けてやると、真っ赤に染まった耳が現れた。


 彼女はよく手を繋いでくるので、恐らくスキンシップが好きなのだろう。そう思っていたのだが、どうやらハグをするのは恥ずかしいらしい。以前も別れ際などにハグをしたような記憶があるが、その時もこんな風に恥ずかしがっていたのだろうか。


 少なくとも嫌がっているようには見えないので、化粧が落ちてしまわないように頬を撫でるのは程々にして、再び彼女の腰に手を回し、抱き寄せる。


「小豆ちゃんって、抱き締めるの好きだよね」


 彼女が不意に訊ねてくる。その声は何故か内緒話をするかのように小さく、こうした静かな空間でなければ聞き逃してしまいそうな程だった。


「そうね。なんか……安心せぇへん?」


 同意を求めるように訊ねると、彼女は少し考え事をするように口を閉ざし、ゆっくりと唇を動かす。


「……安心は、するかも」

「やろ?」


 彼女が頷き、恐る恐るといった風に彼女の手が私の背中に回され、より心が満たされるのを感じる。


「こうやってハグすんの好きやねんなぁ。友達とするのは久々やけど」

「彼氏とはしてたんだ」

「そりゃあね。大学卒業してからはもう殆ど友達と会ってへんからなぁ」

「そっか」


 彼女はつまらなさそうに呟き、私の身体が彼女の方へ引き寄せられる。


 彼女の表情が少し曇っているような気がして、完全に余計な事を口にしてしまったな、と密かに反省していると、「小豆ちゃん」と彼女の声が耳に響いた。


「小豆ちゃんってさ、付き合った事あるのってその人だけなんだっけ?」

「そうやね。告白してきたのがその人だけやって、前も言うた気がするけど、断る理由も特に無かったからええよーって」

「結構モテてたんだ」

「それは……どうなんやろ。大学では何か密かに狙ってる人が居る、みたいな話を聞いた事はあるけど、実際に告白された事は無いし。まぁ、彼氏が居るっていう話はしてたから、その所為かもしれんけど」


 言いながら、彼女の様子がおかしい理由を一つ思い付いた。女同士でどうしてこんなに恥ずかしがっているのかとずっと疑問に思っていたが、私に対して恋愛感情を抱いているのならば説明が付く。もちろん、単に彼女が恥ずかしがり屋で、手を繋ぐのは平気でもハグは恥ずかしいと感じているだけの可能性もある。


 しかし最近やけに私の恋愛事情について気にしていたり、私の元カレに対して嫉妬しているような素振りを見せたりしていた事を考えると、やはり彼女が私に対して恋愛感情を抱いていると考えるのが自然だろう。


 この考えが仮に合っていたとしても、それを彼女に訊ねる勇気を私は持ち合わせていない。勘違いだったなら、ただ私が少し恥ずかしい思いをするだけで済むが、合っていたとすれば、私はそれに応えなければならない。


「やめよ。なんか嫌な事思い出しそう」


 結局私は話を逸らす方向でいく事にした。


 彼女はくすりと笑いながら、ごめん、と軽く謝り、私の腰を抱き寄せる腕の力が緩ませた。その隙に腕に力を入れて身体を持ち上げ、彼女に馬乗りになるような形になって一息吐く。


 この視点で見る彼女が新鮮で、じっと見つめていると、彼女の顔が元に戻っている事に気が付いた。少しずつ彼女も落ち着いてきたらしく、いつもの愛らしい笑みが浮かんでいた。


 話題も無事に逸らす事に成功し、また何をしようかと二人でぼうっとベッドに脚を伸ばし、壁に凭れかかってだらだらと時間を過ごす。


 暫く沈黙が続いた時の事、彼女が口を開く。


「小豆ちゃん」


 彼女の左手が私の右手に被さるように置かれ、嫌な予感がして、息が詰まる。


「何?」

「一緒にさ、暮らすのも良いよねって話してたでしょ?」

「してたね」

「あれ、ちょっと本気で考えてみてもらってもいい?」


 彼女を見ると、彼女は冗談とは言わせぬ目をしていた。


「一緒に……ね」

「嫌?」


 訊かれて、私は首を横に振った。


「ううん。ええよ。梢ちゃんと一緒に暮らすの楽しそうやし」


 想像していた物とは違う提案をされ、密かに胸を撫で下ろす。無意識に張り詰めていた緊張の糸が解れ、自然と笑みが溢れる。


「ほんとに?」

「うん。前も言うたけど、そろそろ実家出るのもありやなとは思ってたし、梢ちゃんももうちょっとしたら実家戻らなアカンねやろ? さすがにそれには間に合わんけど、ちょうどええやん」

「じゃあ……」

「うん。また色々決めなアカンし、うちの親がどう言うかは分からんけど、私は梢ちゃんと一緒に暮らしたい……かな」


 返事が無く、不思議に思って彼女を見ると、彼女の頬に涙が伝っていた。


「ちょっ……なんで泣いてんの」


 突然の事に驚き、慌てて彼女の頬に伝う涙を指で掬う。


「ごめん、安心したら我慢できなくなって」


 彼女は笑いながらそう言った。


 泣くほど悩んでいたのかと思うと、また彼女が愛おしくなる。安心させるように抱き締め、優しく髪を撫でてやると、彼女も私の背中に腕を回し、遠慮がちに抱き締めてくる。


 彼女から告白されなかったのを、安心しつつ、密かに残念にも思っていた。

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