第38話 これからの予定 side梢

 夕飯を食べ終えた私たちは、店を出た後、少しばかり地下街を散策し、特に何か買う事もなく、ホテルまで彼女に送ってもらい、ホテルの前で暫く話し、明日の集合時間などを決めた後、解散する事となった。


 チェックインを済ませ、部屋で荷物を整理した後、シャワーを浴びて、簡単にスキンケアなどをして彼女から連絡を待つ。


 特にやる事も無く、欠伸をしながら今日撮った写真の整理をしていると、彼女から『今帰った』とメッセージが届いた。『おかえり』とメッセージを返すと、すぐに既読が付き、返事が来る。


 何度かやり取りを繰り返し、彼女が風呂に入ると言うと、また暇な時間がやってくる。ベッドに寝転がり、暇潰し用に持って来ていた小説を読みながら彼女からの連絡を待つ。


 明日の集合時間は十時だ。早過ぎも遅過ぎもしない時間だが、微妙な余裕ができてしまい、うっかり遅刻してしまいそうな時間でもある。念の為に早めに寝るのも良いが、それでもし早朝に起きてしまった場合、確実に暇を持て余す事になるだろう。早めにホテルを出たとしても、この辺りで自由に見られる所は少なく、空いている店も少ない。


「そうなったら適当に歩けばいいか……」


 ふぅ、と息を吐き、大の字になって目を瞑る。自分の呼吸の音だけが耳に響き、気が付くと、私の意識は夢の中に落ちてしまっていた。


 翌日、目を覚ましてすぐに携帯を確認し、彼女からの電話のお誘いに気付かなかった事を悔やみつつ、出掛ける準備をする。


 顔を洗い、スキンケアをして、髪を整え、それから化粧をする。いつも通りの流れの筈だが、場所が違うからか、妙に落ち着かない。


 三十分程して化粧を終え、昨日買ったワンピースに着替える。ワンピースを着る事自体久しぶりで、チェック柄も最近は着ていなかったので、似合っているのかどうか不安になり、予め用意していた服に着替えたくなるが、彼女を裏切るわけにはいかない。


 そこでふと思う。この服は彼女とお揃いで買った物だ。しかしそれは観光をする時に着る予定だった物だ。それが予定を変更して、彼女の家に行く事になったが、もしかしなくても双子コーデを彼女の家族に見られる事になるのだろうか。


 それを想像して、心臓の鼓動が大きくなるが、よく考えてみると、それはただ彼女との仲を証明するだけの行為なのだと気付いて、すぐに落ち着いた。


 念の為に彼女に確認しようと、心の片隅にこの事を記憶しておく。


 早く寝ればその分早く起きて、暇を持て余す事になる。そんな事を考えておきながら、現在時刻は八時半。彼女との待ち合わせの時間にはまだ早いものの、色々歩き回るには少し遅い。この時間からなら、空いているお店もそれなりにありそうだ。


 何はともあれ、とりあえずホテルを出ようと、荷物を持って一階の受付に向かう。早めにチェックアウトする分には何も問題は無く、荷物も二十四時までなら預かっていてくれるようなので、有り難く利用させてもらう事にして、必要な物だけ持ってホテルを出る。


 それから調べて出てきた東本願寺に行き、よく分からないながらに雰囲気を楽しみつつ、写真に収める。無料で見られる所を一通りゆっくり見て回っていると、意外にも一時間近く経っており、少し早歩きで待ち合わせ場所である改札前の広場に向かう。


 この時間からでも京都駅には人が多く、ぼうっとしているとぶつかってしまいそうになる。中央改札口前の広場に着くと、昨日買ったワンピースを着た彼女が立っているのが見えた。


 遅刻はしてないよね、と不安になって時計を見てみるが、やはりまだ十時にはなっていなかった。


 前回、彼女が集合時間よりも早くに来て、私を驚かせようとして擦れ違ってしまったのを思い出して、頬が緩む。どうやら今日は早くに来ても、集合場所は守る事にしたらしい。


「小豆ちゃん、おはよう」


 近くまで来て呼び掛けると、彼女は私を見て、ぱっと花が咲くように笑顔になる。


「おはよう。梢ちゃん。ちゃんと着て来てくれたんや」

「ちょっと迷ったけどね」

「そうなん? よう似合ってるで」

「ありがと。小豆ちゃんもよく似合ってるよ」


 言いながら、改めて彼女の姿を見てみると、鏡を見た時には存在していなかったくびれが彼女にはあった。


「細いなぁ」

「可愛いじゃなくて細いなんや」


 彼女がくすくすと笑い、心の呟きが口に出ていた事に気付く。


「あっ、ごめん」

「ううん。ありがとう。スタイルには自信あるからな」

「ほんとに何してたらそんなに細くなるの?」

「前も言うたけど、ほんまに何も特別な事はしてへんで?」

「せっかく家に行くし、教えてもらおうかな……」

「あぁ、一緒にやる?」

「ちょっと本気でやってみようかなぁ」


 そう思うくらいには彼女の体型が羨ましく思えた。それと同時に、彼女の隣を歩くなら、もっと自分磨きをしなければならないという考えもあった。色違いでサイズも違うが、同じデザインのワンピース。これを着て見た鏡の中の自分と、今目の前に居る彼女とを比べると、やはり私は太っているように見えた。


 それは私が今までめんどうがって努力をしてこなかった結果だ。太っているというわけではないし、これまで彼氏にも友達にも何も言われた事は無い。しかし彼女と並ぶと、寸胴体型が目立ってしまう。


「ちょっと本気でダイエットするわ」

「えっ? 梢ちゃんそんな太ってへんやん」

「これに関しては小豆ちゃんの言う事は信じない事にしてるから」

「えぇ……」

「よし、とりあえず……どこ行く?」


 鞄を掛け直し、訊ねる。予定を変更してから、彼女は考えるのを完全にやめたらしく、この後の予定もその時の気分によって決める事にしたらしい。


「という事で、水族館に行きます」

「結局行くんだ」

「うん。嫌なら別のとこにするけど」

「ううん。水族館なら全然良いよ。行こう。近いの?」

「多分。十分くらい歩いたら着くんちゃう?」

「そうなんだ」


 相変わらず詳しい事は調べていない様子の彼女に頬を緩ませながら、彼女の後に続いて歩き出す。階段を降りて、外に出ると、京都タワーが見えた。その都市の名前を冠したタワーなので、当然大きい物だとばかり思っていたのだが、東京タワーと比べると、随分小さいように思えた。


「思ったより小さいんだね」

「今更喧嘩売ってる?」


 彼女が眉間に皺を寄せ、睨んでくる。さすがに本気で言っているわけではないと分かるので、笑いながら手を振って否定する。


「いや、違う違う。京都タワーの話。あれ京都タワーでしょ?」

「冗談やって。あれビルの上に建ってるから、多分タワーだけで言うともっとちっちゃいで」

「そうなんだ」

「登る? 私も登った事無いねんけど」


 彼女が人差し指を立てて、ぐるぐると回す。


「登った事無いんだ?」

「うん。だって、入場料掛かるし」

「あぁ。じゃあ私も別に良いかな」


 京都タワーから見える景色への興味が急激に冷めていくのを感じながら、彼女について行く。


 こういう所に関しては彼女と価値観は合っていそうだ。計画性の無さには少々言いたい事はあるが、許せない程の事ではない。金銭感覚の違いが恋人と別れる一番の原因だと聞くが、これまで話してきた限りではその心配は無さそうだ。


 以前は冗談半分だった一緒に住むという話を、真剣に考え出している自分に気付いて、ふふ、と笑い声を漏らす。


「どうしたん?」

「ううん。何でも」


 自分でも変だと思えるくらいににやけながら返事をすると、彼女は不思議そうに首を傾げていた。

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