第34話 お茶屋さんばっかり side梢
彼女と知り合う前からずっと行きたいと思っていた宇治に行く事になり、私のテンションは電車に乗り、宇治駅に一つずつ近づいていくに連れて上がっていっていた。
向こうに着いたら何をしようかと想像を膨らませる。平等院に行くまでの間の道にいろいろな店があるという話は彼女から聞いていた。しかし具体的にどういった物があるかは聞いていない。知っているのは美味しい抹茶が味わえる場所がいくつもあるという事くらいだ。だからこそ想像のし甲斐があるという物で、パフェを食べようか、ケーキにしようか、抹茶スイーツをいくつも頭に思い浮かべる。
軈て電車が宇治駅に停車し、彼女に続いてホームに降りる。きょろきょろと首を動かし、辺りを見渡してみる。そこには私が想像していたような街並みは無かった。それは改札を抜けて、外に出てみても同じだった。宇治は源氏物語の舞台にもなっていると聞いて、木造の家々が並んでいるのを想像していたのだが、よくある駅前の光景が広がっていた。
「なんか、思ったより田舎?」
そんな私の呟きを聞いた彼女がくすりと笑う。
「京都市に比べると確かにそうかも」
「私の実家も……」
言いかけて、最寄り駅が無人駅だった事を思い出した。
「……いや、そこよりはさすがに都会かな」
「梢ちゃんとこは無人駅かなんか言ってへんかった?」
「うん。だからさすがにここの方が都会かな」
バスロータリーがあり、タクシーが待機しているのも見える。すぐそこにコンビニもあり、その目の前の道路には多くの車が行き交っている。よくある駅前の風景だ。そして実家の最寄り駅では見られない光景だ。
目線をあちこちへ向けていると、フェンスの傍に大きな壷が置かれているのを見つけた。
「あれ何?」
言いながら、看板らしき物がその下に置かれているのに気付いて、歩み寄る。
「郵便ポストかなんかやったかな」
「あっ、ポストなんだ」
近付いてみると、彼女の言うとおり、郵便ポストと書かれていた。二十年程前に設置された、比較的最近の物のようだ。
「さて、とりあえず、おやつになるようなもん探しながら平等院行こか」
「おっけー」
彼女が歩き出し、ふと、私のふらふらと彷徨っていた視線が彼女の左手で止まる。私は何かを考えるよりも先に、彼女の手を握っていた。自分でもどうしてそうしたのかは分からない。人肌が恋しくなったのか、単に気分が良くておかしくなっていたのか。
彼女が歩みを止めて私の方を見てくるので、お願いをするように首を傾げる。
「邪魔?」
「ううん。大丈夫やで」
彼女は笑顔でそう答えて、私の手を握り返してくれた。そうすると、胸の奥にあった小さな不安の種のような物が無くなったような気がした。
彼女の手をしっかりと握り、肩に掛けた鞄を掛け直し、横断歩道を渡って真っ直ぐに進む。すると早速、気になる食べ物を見つけた。
「抹茶うどん?」
「食べる? 予定では明日の昼食をこういうのにするつもりやったんやけど」
「あぁ、そうなんだ」
気になりはする。しかしこれを食べてしまうと、他の物が入らなくなってしまいそうだった。それに、私が食べたいのは抹茶のスイーツであり、うどんのようなしっかりとしたご飯ではない。
「パフェとかもあるけど」
「うーん、他にもあるんだよね?」
「うん。すぐそこにもお茶屋さんあるし、ちょっと向こう行ったらパン屋さんとか、お茶屋さんとか、いっぱいあるで?」
「……ちょっと一回全部見て回らない?」
「梢ちゃんがそれでいいなら私は全然それでええよ」
「よし、じゃあとりあえずそれで」
看板に描かれていたメニューを目に焼き付け、店を後にする。そして左を向くと、正面に高級感の漂う店があった。
「あそこは?」
「あそこはねぇ、私も入った事無いねんなぁ」
「そうなんだ」
「でも生茶ゼリーかなんかは食べた事あるで」
「美味しかった?」
訊ねながら店の方へ向かい、その前にある交差点を左に曲がる。
「それはもちろん。めっちゃ美味しかった。まぁでも高いよねぇ」
「そうだよね……」
「ああいうお店ってなんか、一回入ったら何か買わなアカン感じするくない?」
「分かる」
「商店街とかやったらさ、店頭に並んでるの気軽に見られるけどさ、こういう扉が付いてたり建物に入らなアカンかったりすると無理よね」
「うんうん」
少し歩くと、すぐに美味しそうな定食と宇治抹茶のスイーツが食べられるカフェがあり、その少し向こうには洋食屋や和食屋、それからパスタなどを売っているカフェがあった。さらに進むと綺麗な店構えのパン屋や抹茶ドリンクを売っている店なんかもあった。
「ほんとにいろいろあるね」
「でしょ? 因みにこのまま行くと平等院までずっとこんな感じやで」
「そうなの?」
「うん。まぁでも参道の方にあるのはカフェっていうよりお土産屋さんが多いかな。カフェもあるけどね」
彼女の言った通り、道の先にある宇治橋に着くまでにいくつもの飲食店があり、その中にいくつも気になってつい足を止めてしまった店があった。それから三叉路の左の道を進むと、それ以上の誘惑があった。
それなりに人が多い中、彼女としっかりと手を繋いだまま平等院に続く通りを進む。
「やばい、どうしよう」
「それはもう梢ちゃんのお好きにしていただければ」
「小豆ちゃんのおすすめは?」
「えっ? 全部」
「強いて言うなら?」
「変わったもので言うならそこの抹茶味のたこ焼きとかちゃう?」
「いや、それはそれで気になるけど、スイーツ系が良いなぁ」
「奥まで行くとスタバがあるけど」
「京都まで来てスタバはいいかな」
「あとは茶そばとか?」
「スイーツ?」
「じゃないねぇ」
そうやって軽くふざけあいながら店を見て歩いていると、和夢茶というきらきらネームのような素敵な名前のカフェの看板が目に入った。看板には確かにカフェと書いてあり、店頭にはメニュー表も置かれているのだが、見える限りには和傘や手帳、アクセサリなどの雑貨が並べられている。
不思議に思って店内を覗き込んでみると、どうやら奥にカフェスペースがあるようで、手前は雑貨屋になっているようだった。
「ここ良さげじゃない?」
「うん。あり」
彼女も気に入ったようで、彼女の手を引いて店内に入る。奥まで進み、店員の案内で一番奥の席に着く。荷物を置き、一息吐く。
「こういうとこは家族とも来ぉへんから助かるわ」
彼女がテーブルに頬杖を突いて言った。
「あんまりカフェとか入らないんだっけ?」
「うん。入るのに勇気要るやん?」
「そうかなぁ」
長くなりそうな気配を感じ、テーブルに置かれていたメニュー表を開く。
「スタバとかもさぁ、なんか注文するのに色々言わなアカンって思うとめんどくさいやん?」
「まぁ……分からなくもないけど……」
「だから梢ちゃんみたいにこうやって引っ張ってってくれるとほんまに助かるわ」
「じゃあ小豆ちゃんと出掛ける時はカフェ巡りしないとね」
「それもありやね。私も東京に住もうかなぁ」
彼女の呟きに驚き、顔を上げる。
「一人暮らしするの?」
「さすがにね。ずっと実家に居るわけにもいかへんやろうし」
「同棲とかする?」
考えるよりも先に口に出してしまっていた。どくん、と心臓が大きく跳ねる。
断られるかもしれない。引かれてしまうかもしれない。そう思っていたのだが、そんな私の考えは少し後ろ向き過ぎたのかもしれない。
「それも良いかもねぇ」
彼女から返ってきたのは、私の想像よりもずっと良い物だった。
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