第33話 様子のおかしい彼女 side小豆
最近は特に忙しかったというわけでもないのだが、彼女と遊んでいるうちに、段々と別れた彼の事を考える時間が減った。今朝のように、たまに彼との思い出がある物を見て、ふと思い出す程度だ。
「そういえば、今日着けてるこのネックレス、彼氏から貰った物やねん」
花が見えるように手の平に載せて彼女に見せる。
「捨てたらいいのに」
何となく彼女ならそう言いそうだとは思っていたが、正に思っていた通りの事を言われ、思わず笑い声を漏らす。
「だって高そうやん? 捨てるのは勿体なくない? 結構デザインとか気に入ってるんやけど」
「ふぅん」
彼女は興味が無い、というよりも面白くないというような様子だ。彼に嫉妬しているのか何なのか分からないが、少なくとも今彼氏に関する話をするのは良くないらしい。
空気を変えようとその辺にあった良さげな服を手に取り、口を尖らせながら服を漁る彼女に肩を寄せて「こんなんどう?」と訊ねると、「ワンピースはちょっとなぁ……」と気に食わない様子だった。
それから店を変え、気になった物があれば試着もしつつ、お揃いで着られる服を探し続ける。
そもそも私に合う服というだけであれだけ悩んで結局見つけられなかったというのに、私と体型の違う彼女と二人でお揃いにできる服を見つけるのが難しいのは当然の事だ。
「小豆ちゃんのスタイルの良さが恨めしい……」
少し休憩しようと、通路に設置されているソファに座るなり、彼女が呟いた。
「私は梢ちゃんの身長が羨ましいけど」
「いや、いっそ私も小豆ちゃんくらいの身長が良かったけどね」
「着る服無くなるで?」
「私は小豆ちゃんほどスタイル良くないから」
「答えに困るわぁ」
彼女の目線は私の胸元に向いていた。確かにこの贅肉が無ければ今の私たちの悩みは疾うに解消されていた事だろう。
「どうする? 諦める?」
彼女が鞄からペットボトルを取り出しながら訊ねてくる。
「近くに別のお店というか、ショッピングセンター的なとこあるし、そっち行ってみる?」
「時間は大丈夫なの?」
訊かれて、携帯で時間を確認する。
「うん。あんまり早く行ってもやる事無くなるし」
「じゃあそこ行こう」
「了解」
脚で勢いを付けて立ち上がり、一旦外に出る。駅の方へ向かい、そのまま集合場所にしていた場所のすぐ近くにあったアバンティというショッピングセンターに向かう。
エスカレーターで三階に上がり、向こうには無かったファッションショップに立ち寄る。するとそこで、どちらからともなく一つの服を見て立ち止まった。
「これ良さそうじゃない?」
「ねっ」
それはウエストベルト付きのチェック柄ワンピースで、デザインだけで言えば似たような物を持っているが、チェック柄は持っていないし、サイズも二人それぞれに合うサイズがあり、色違いでお揃いにできそうだった。
早速私は黄色を、彼女は黒色のワンピースをそれぞれ持って試着室へ向かう。ブラウスを脱ぎ、肌着の上にワンピースを着る。それから鏡を見て、何となく整えてからカーテンを開けて試着室を出ると、彼女が丁度カーテンを開けて姿を現した。
「えっ、ええやん! 可愛い!」
「あ、ありがとう」
えへへ、と彼女は照れ臭そうに笑い、それから「小豆ちゃんも可愛いよ」と可愛らしい笑顔を向けてきた。
「じゃあこれ買うか」
「うん」
元の服に着替え直し、ワンピース二つとそれに合わせる小物を持って会計をする。例の如く支払い問題が発生したが、彼女が京都に来る際の交通費がどれだけ掛かっているのか、何となくではあるが分かっているので、プレゼントさせてもらう事にした。
「ありがとう」
「どういたしまして」
それから他の店を少し見て回り、おやつの時間も近付いてきた頃、駅に移動し、電車に乗って宇治に向かう。
京都駅は始発駅ではあるが、ここから伏見や宇治、奈良など、他の観光地に向かう観光客も多く、私たちが電車に乗り込んだ時には既に席は全て埋まってしまっていた。
少しして電車が動きだし、彼女と肩をくっつけて静かに窓の外を眺めながら過ごす。
伏見駅で一気に人が降り、空席もできたが、どうするか少し迷っていた間に他の人に取られてしまった。その一部始終を見ていた彼女がくすくすと笑うので、睨みながら横腹を軽く突いてやると、「ひゃっ」と小さな可愛らしい悲鳴が聞こえ、今度は彼女に睨まれる羽目になった。
そうこうしながら二十分ほど電車に揺られ、宇治駅に到着し、他の乗客に続いて電車を降りる。
階段を上り、改札を出て、目的の平等院のある南側の出口から外に出る。
「なんか、思ったより田舎?」
「京都市に比べると確かにそうかも」
「私の実家も……いや、そこよりはさすがに都会かな」
「梢ちゃんとこは無人駅かなんか言ってへんかった?」
「うん。だからさすがにここの方が都会かな」
早速歩いて平等院の方へ向かいたい所だが、歩かなくとも宇治駅の一つの観光スポットになっているらしい物が目の前にあった。
「あれ何?」
彼女が大きな緑色の壷を指差して言った。
「郵便ポストかなんかやったかな」
「あっ、ポストなんだ」
近付いてみて、記憶が合っていた事に少しほっとする。
「さて、とりあえず、おやつになるようなもん探しながら平等院行こか」
「おっけー」
歩き出すと、不意に左手を掴まれ、思わず立ち止まって彼女を見る。
「邪魔?」
そう訊かれるとそうだとは言い辛いものだが、邪魔でも何でもないので、戸惑いながらも首を振る。
「ううん。大丈夫やで」
そういえば、静岡ではこうして手を繋ぎながら暫く歩いていたな、と少し朧気な記憶を引っ張り出してきて懐かしみながら彼女の手を引いて歩く。
信号待ちをしている間、ちらりと彼女を見ると、楽しそうな笑みを浮かべてきょろきょろと辺りを観察していた。それを見て、繋いだ手に少し力を込めてみると、彼女が不思議そうに私を見て首を傾げる。胸が何か温かい物で満たされるような感覚を覚えながら、また私は首を振り、「ううん。何でも」と誤魔化した。
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