第32話 臨機応変という名の無計画 side梢
実はチェーン店だったというショックはあるが、今まで行った事の無い店に行って、食べたい物が食べられたのだから、結果としては悪くない。寧ろ地元の静岡や東京に居ても気軽に行く事ができると思えば良い収穫とも言える。
気持ちを入れ替え、私たちは二階のファッションエリアに来ていた。
「どういうのが良いとかある?」
興味があるのかないのか、よく分からない表情で服を眺める彼女に訊ねる。
「私の好みは一旦無視してくれてええし、梢ちゃんが私に似合うのを選んでくれたらそれでええよ。着せ替え人形になる準備はできてるし」
「小豆ちゃんに似合う服か……」
呟きながら辺りにある服を見る。この店にあるのは百貨店とは違い、私たちでも手の出しやすい値段の服ばかりだ。デザインはあまり奇抜な物は無く、かと言って無個性という訳でも無い。婦人服に関しては種類も豊富なので、選択肢は多い。
しかし彼女に着てもらうとなると、少し話が変わってくる。
女性の平均身長より少し低めの私よりも、彼女は更に一回り小さい。そんな彼女に試しにSサイズのTシャツを着せてみると、羨ましい大きさの胸のお蔭で丈に問題は無いが、やはり太って見えてしまう。それによく見ると、肩幅が合っていないようだった。
それなら、と別の種類のシャツで、XSサイズを着せてみると、何となく予想していた事ではあるが、胸が少しきついようだった。
身長で考えるとXSが丁度良いのだが、そうすると胸の辺りがきつくなる。だからと言って胸に合わせてサイズを大きくすると、肩や丈が余ってだらしなくなってしまう。それ以外にも、ボーダーなどの柄が入っている物になると、胸が過剰に強調されて少し下品に見えたり、デザインが崩れてしまったりと、問題は多い。
最悪でも胸と肩幅さえ合えば、あとはベルトか何かで彼女の魅力の一つである括れを見せてあげれば良い感じに見える筈なのだが、まずその二つの条件をクリアできる服があまりにも少ない。
そこでふと気になって、着替えている最中の彼女に訊ねてみる。
「今日着てきた服ってどこで買ったの?」
「これ?」
「うん」
カーテン越しなので何も分からないが、とりあえず肯定する。
「これもそうやけどブラウスとかワンピースは基本的にネットで買ったやつばっかりやな」
「そうなんだ」
「うん。なんか胸が大きい人用のとこやねんけど……」
「もうそこで買った方が早いんじゃない?」
「いや、高いねんて。可愛いのもあるし気に入ってはいるんやけど、一万、二万普通にするし。こういう安くて可愛いのが着られるんやったら着たいやん?」
「まぁ、そうだね」
「種類もそんなに無いしな」
少しして、カラカラと音を立ててカーテンが開かれ、彼女が元の服装で試着室から出てくる。
「さて、どうしよか」
靴を履きながら彼女が言った。
「どうする?」
質問で返すと、彼女は首を傾げ、何も無い斜め上に視線を向ける。
「選んでもらった服で明日来ようとか思っててんけど……」
「あっ、そうなの?」
「あと双子コーデとか。やってみたかってんけど」
「あぁ、それならできるんじゃない?」
「そうなん?」
「うん。まぁ、結局小豆ちゃんの服探し問題にはなるけど」
「そうやね」
あはは、と彼女が口を開けて笑う。結局試着した服は元に戻し、新しく二人お揃いでコーディネートできる物を探しに色々な店を歩き回る。
「なんか今日はこのまま買い物するだけになりそう」
「ちゃんと清水寺行くから」
「ほんとに?」
目を細め、疑いの目を向けると、彼女はちらりと私の方を見て、すぐに視線を逸らした。
「もちろん。でもゆっくり見られるかは分からんかも。そう考えると買い物は明日でも良かったかもなぁ」
「明日は宇治の方行くんだっけ?」
「うん。その予定ではあるけど……どうしよ。今日宇治行っても良いかもしれん」
「何か予約とかしてるの?」
「いや、予約は何にもしてへんで。予約が必要そうなとこに行く予定も無いし。そう。だから別に宇治に行ってもええなぁって」
「私も別にどっちでもいいけど……明日の方がゆっくりできるのか」
「そうね。そうしよか。宇治の方は多分そんなに見るもん無い……って言うたらちょっとあれやけど、三時間あれば充分見られるやろうし。梢ちゃんもこっち来てすぐやから疲れてるやろ?」
「そんなに疲れてはないけど、どうせ行くならゆっくり見たいかな」
「そうよね。じゃあ今日はこのまま一旦服探して、その後宇治に向かう感じで」
「おっけー」
急な予定変更を告げられたが、元々聞かされていたのは、今日はこのホテル付近で、明日は宇治で、という大雑把な物だったので、それほど困る事は無い。
彼女が優柔不断で突発的に予定を変更する気分屋なのも分かっていた事だ。もし予約している物があるのにも拘わらず予定を変更されたのなら当然怒るだろうし、怒りはしなくとも気分は相当落ち込むだろう。けれども今回は元々予定していた物が少し入れ替わった程度なので、いつものか、と微笑ましく思えるくらいだ。
そんな事を思いながら歩いていると、彼女が突然私の腕を引き、店の奥に入っていく。
「どうしたの?」
彼女は服を盾にして通路の方を覗き見て、若い男性を指差した。
「あれ、元カレ」
「えっ」
思わず声が漏れ、咄嗟に手で覆う。見ると、その若い男性の隣に、如何にもな清楚感の漂う綺麗で髪の長い女性が居り、二人は仲良さげに手を繋いで歩いていた。
「突撃するか」
突然、彼女がそんな事を言い出し、思わず彼女を見る。
「仲良うやってるかってからかってきたろかな」
彼女はまだあの彼に想いを寄せているのだろうか。
「やめときなよ」
無意識に冷たく、きつい言い方をしてしまった。
「冗談やって」
彼女は私の方へ身体を向け、私の手を握る。普段目を合わせない彼女が私の目を見つめてきて、目が離せなくなる。
「そんな怒らんといて?」
「……別に怒ってないけど」
「そう言う割には眉間に皺寄せて、怖い顔してるで?」
彼女は眉をハの字にして困ったような笑顔を向けてくる。
「ごめん」
「こっちこそごめんな。今は梢ちゃんとのデートやもんね」
彼女の言葉を聞いて、恥ずかしさか何なのか、色々な感情と思考がぐちゃぐちゃに混ざって、顔が熱くなるのを感じる。
「梢ちゃんって結構照れ屋よね」
そう言った彼女の笑顔はとても可愛らしく、魅力的で、悪魔のように思えた。
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