第31話 まずは昼食

 ホテルに彼女のキャリーバッグを預けた後、昼食も兼ねてイオンモールへと足を運ぶ。


「こういう所ってその気になったら一日中居られるよな」

「そうだね」


 ここは京都で一番ではないにしても、この辺りでは一番大きなショッピングモールだ。飲食店や服飾店がいくつもあり、他にもゲームセンターに映画館のような娯楽もあるため、隅々まで見て回っていたら朝から晩まで掛かってしまうだろう。

 

 しかし今日のメインはここではない。服を買うという目的もあるが、それにあまり時間を掛けるつもりもない。


「とりあえずちょっと早いけど、ご飯食べに行こか」

「うん。いいよ」


 彼女を先導するようにエスカレーターに乗り、四階のレストラン街に向かう。


「何か食べたいのある?」

「入ってすぐの所にあったカフェとか?」

「それを言うならエスカレーターに乗る前が良かったかなぁ」


 彼女は分かっていてそれを言ったらしく、「ごめん」と口では謝りながらも笑っていた。


「まぁ、せっかく上来たし、一通り見てから決めよ」

「うん。そうしよう」

 

 四階まで上がってきて、反時計回りに通路を進む。とんかつにオムライス、中華料理にイタリアン、それから奥にはフードコートもある。春休みのお昼時という事もあってフードコートの席はいっぱいで、他の店も待機列が出来ていた。


 悩む彼女の隣で、人で溢れているフードコートを眺めながら呟く。


「ごめんな、鰻は無いんよ」

「いや、京都に来て地元の物食べてたら意味ないでしょ」

「あっちのお寿司屋さんなら鰻あるかもしれんけど」

「だから鰻は要らないって」

「じゃあ餃子も要らんか」

「うん。中華も別に気分じゃないかなぁ」


 とりあえずフードコートにも足を踏み入れ、一通り見て回ったが、食べたいと思えるような物は無かったようで、そのまま通路に戻ってきた。


「因みに外にもカフェがあったりするけど、そっち見てみる?」

「うん。そうしよう。今のところ私の第一候補はあの入り口のところにあったカフェかな」

「抹茶食べたいだけちゃうの」

「うん。実はそう」


 彼女の袖を一度軽く引っ張ってから歩き出し、フードコートの横にあるエスカレーターで下に向かう。


「じゃあもうそこ行く?」

「外のは良いの?」

「外行っても抹茶は……あぁ、いや。一応見るだけ見よか」

「うん。時間はあるし」

「実はそんなに時間無かったり……」

「そうなの?」

「だって清水寺とか行きたいんやろ?」

「うん。あと嵐山とか」

「正反対って程じゃないけど、そこそこ距離あんのよそれ」

「分かってる。一応調べたから」

「あぁ、そうなん?」


 話しながら二階まで降りてきて、そこから一度外の通路に出る。どこにでもあるチェーン店にはわざわざ今日行く必要は無いだろうとスルーして、外のエスカレーターで一階に降りる。


 外側には道に沿って四つの店が並んでいる。パンやピザなどが売っているカフェにお好み焼き屋、それから肉料理にアメリカ料理の四つだ。しかしそのどれも彼女の気分では無かったらしい。


「やっぱり観光に来たら観光地の名物というか、因んだものが食べたい」

「確かにねぇ」


 私も静岡に行った際に鰻と餃子を要求した身なので、これに関しては何も文句は言えない。


「じゃあやっぱり梢ちゃんが気になってる所かなぁ。それか和食?」


 とりあえずここにはもう用事は無いだろう、と建物の中に戻る。


「そんな所あったっけ?」

「四階に和食料理屋さんがあった筈。さっきは途中で降りちゃったからあれやけど」

「あぁ、そうなんだ」

「どうする? 確か定食……というか御膳とか、蕎麦とか。そういうのを食べたいならそこかな。まぁ、お昼はカフェでスイーツとか食べて、どうせこの後歩いて、途中で何か立ち寄る事もあるやろうから少なめにしといて、夜にそういう和食をがっつり食べるのもありかなぁって思うけど」


 彼女が気にしていた店の前で立ち止まり、彼女はうーん、と唇に指を添えて、僅かに眉間に皺を寄せる。


「うん。そうしよう。途中でいろいろ食べられるんだよね?」

「多分。抹茶もあるやろうし、善哉とかパフェとかそういうのもある筈」

「じゃあここで」

「了解」


 少し緊張しながら店に入り、カウンターでそれぞれ気になった物を注文し、商品を受け取って空いていた二人用の席に向かい合って座る。


「実は私ここ入るの初めてなんよね」

「そうなの?」

「うん。そもそもあんまりこういうカフェとか入らへんし。スタバとかそういうシステムのやつ」

「確かにあんまりイメージはないかも」

「うん。梢ちゃんはこういう所よく来る?」

「私もそんなにかなぁ。たまーに出掛けた時に寄る事はあるけど」

「さすがおしゃれさん」


 何それ、と彼女は笑い、顔程もある高さの抹茶パフェの上に乗っていた四角い何かをスプーンで掬い、口に入れる。


「ん、美味しい」

「それは良かった」

「生チョコだ、これ」

「へぇ。確かに名前に生チョコって入ってたもんな。それがそうか」


 なら私の注文した物に乗っているのも同じく生チョコだろうと、それらしいものをスプーンで掬って口に入れる。


「ほんまや。美味しい」


 ね、と彼女が笑顔を向けてくる。


 今回は二人ともパフェを頼んだが、パフェ以外にもケーキやソフトクリームなんかもあり、海鮮丼やハヤシライス、タコライスにお茶漬けなど、スイーツ以外の料理もあった。しかし彼女は昼食らしい料理よりも抹茶が食べたかったようで、私も彼女がパフェを食べるなら、と味違いでパフェにした。


 そのパフェ一つでそれなりに満足感はあったが、空腹が満たされたかと訊かれると微妙な所だ。しかし先程彼女との話していた通り、観光の途中で食べる物はいくらでも見つけられるので、色々楽しもうと思うなら満腹にならないくらいの方が丁度良いのかもしれない。


「そういえば、写真とか撮らんで良かった?」


 ふと思った事を訊ねてみると、彼女は口に入れたスプーンを持つ手を止め、丸くした目で私を見て、それから分かりやすく肩を落とした。


「それはもっと早く言ってほしかったなぁ」

「ごめんて」


 その後、この店が静岡や東京にもあるチェーン店で、更に言えば私たちも行った百貨店にもあるという事を知って、調べた事を少し後悔した。

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