第28話 side梢

 夜になると、窓の外も静かになり、作業に集中するにはとても良い時間になる。


 しかし今日は夜明けまで作業するなんて事はしない。明日からの二日間は待ちに待った彼女とのオフ会だ。夜更かしをして遅刻なんてしよう物なら土下座では許されないだろう。遅刻をしなかったとしても、寝不足の状態で彼女と会うのは避けたかった。


 そのために、私は昨日までに受けていた依頼を全て終わらせ、準備をしなければならない今日を含めた三日間は完全に休みとなっている。依頼を終わらせるために無理をしたという訳ではなく、単純に休み無く受けていた依頼を少し後ろにずらしただけだ。彼女との二日間が終わればまた絵を描き続ける日々に戻る事になる。


 こんな言い方をすると、まるで絵を描くのが嫌な風に聞こえてしまうが、イラストレーターになってからも絵を描くのが嫌になった事は一度も無い。ただ、完全に自分の趣味である絵を殆ど描けていないので、それだけは少し寂しいと思う。


 それはさておき、今日の私がやるべき事は、明日着ていく服を考える事だ。個人的に一番おしゃれを楽しめるのは、秋と春のこの暖かさも涼しさも感じる季節だと思っている。最近は夏と冬が長くなっていて、その時間も短くなってしまっているが、だからこそこの短い時間を楽しみたい。


 クローゼットの扉を開け、彼氏と別れてからすっかり着る機会も無くなってしまったたくさんの服の中から、直感で選び、それらを持って姿見の前に立つ。そして鏡の中の自分にそれらの服を順番に着せてみて、気に入った物をベッドに放り投げ、そうでない物は元の場所に戻しておく。それを何度か繰り返し、今度は気に入った服同士で組み合わせを考えてみる。


 とりあえず出来上がったコーディネートを見ながら、この服を着て彼女の隣に立った時の事を思い浮かべる。


 冬場は彼女もコートを着ていたので、あまり気にならなかったが、彼女はとにかく華奢な体付きをしている。身長は低く、小顔で、手足も腰も細い。そんな彼女の隣に並ぶとなると、中肉中背の私はいつも以上に太って見えるだろう。


 彼女と違い、私は自分の体型に自信が無い。一時期はダイエットや筋トレもやろうとしていたが、忙しさを言い訳にすぐやらなくなってしまった。その所為で今のこの体型があるのだが、一朝一夕になんとかなる物ではないので、明日はそれを前提としたコーディネートをしなければならない。


 もし彼女のように身体の線が出る服を着ようものなら、寸胴体型がバレて目も当てられない惨状になってしまうので、それは絶対に避け、少し大きめのサイズではっきりとした身体の線が見えないようにする。しかしあまりゆったりとし過ぎても太って見えるので、最近私の中で流行っている腰辺りで締めてくびれっぽい物ができるような物を選ぶ。


 そうしてできる限り太って見えない物を選んでいると、私が持っている服も多くはないので、自然と限定されていく。最終的にベッドの上に残ったいくつかの服をまた鏡の中の自分に着せてみて、気に入った物を明日着る物として机の上に置いておく。


 鞄やピアスなどの小物は実際に服を着てみてから選びたいところだが、その服を着るというのが面倒で、明日で良いか、と鞄を仕舞ってある場所から目を逸らす。


 散らかした服をクローゼットに仕舞い直し、空いたベッドに腰を掛け、コップに注いだ水を飲み干し、一息吐く。


 放ったらかしにしていた携帯を手に取り、寝坊しないようにアラームを設定する。それから明日の集合時間と乗らなければならない新幹線の時間を確認しておく。


 一通りやっておかなければならない事をやり終え、暫しぼうっとして過ごす。確実に寝坊しないためにはもう眠ってしまった方が良いのは分かっているのだが、普段から夜更かしをしていた所為か、悲しい事に眠気が全く来る気配が無い。


 暇潰しをするのに、いつもなら携帯で動画を観ていたりするのだが、今それをやると夜更かししてしまいそうだ。


 彼女は今何をしているだろうか。彼女もあまり早くに寝るタイプでは無かった筈だが、こういう日には早くに寝ているのだろうか、それともいつも通り遅くまで何かゲームをしたりしているのだろうか。


 気が付くと私は彼女に電話を掛けていた。


『はいはい。どうしたん?』

「あっ、えっと……」


 自分が何を思って彼女に電話を掛けたのか、自分でも分からず言葉が詰まる。


『もしかして明日無理になったとか?』

「いやいや、それは大丈夫」

『じゃあ……楽しみで寝れへんとか?』

「それは……あるかも」

『まぁ、言うてまだ十時やしなぁ。私も全然眠くないわ。ゲームでもする?』

「寝坊しても良いならやるけど」

『それはアカンな』


 あはは、といつもより少し控えめな笑い声が聞こえてくる。


 もう彼女と話して眠気が来るのを待とう、と部屋の電気を消し、携帯を枕元に置いて寝転がる。


『梢ちゃんはもう明日着る服とか決めた?』

「うん。もしかしたら明日になったら気分変わるかもしれないけど」

『そうなんや。因みにどんな感じの着てく?』

「それは見てのお楽しみって事で」

『そっか。じゃあ楽しみにしとこ』

「小豆ちゃんは前みたいな感じ?」

『前どんなん着てったっけ……? まぁ似たような感じにはなると思う。というか、そう。明日梢ちゃんに服選んでもらおうと思って』

「えっ? 明日着ていく服を私が決めるの?」

『あぁいや。そうじゃなくて、今持ってるの似たようなんばっかりやしさ、明日一緒に服見に行って、梢ちゃんに選んでもらおうかなぁって』

「なるほどね。じゃあ私のは小豆ちゃんが選んでよ」

『任せて。シマウマにしてあげるわ』

「それはちょっと遠慮したいかなぁ」


 そうやって眠くなるまで話していると、あっという間に一時間が過ぎ、そろそろ寝ようかとなったのは今日が終わる五分前の事だった。

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