第27話 次のオフ会に向けて

 冬が終わり、日差しが暖かくなってきたと同時に、杉や檜などと言う花粉を撒き散らす奴等に恨み言を吐き散らす季節になった。


 マスクをしていても貫通してくる花粉に苦しめられながらも、いつものように子どもたちを寝かしつけ、そっと部屋を出て、職員室に戻って帰る準備をする。


「お先に失礼します」


 別の部屋で寝ている子どもに聞こえるわけはないのだが、何となく声を抑えて先輩に声を掛け、保育園を後にする。


 季節が変わっても、する事は何も変わらない。仕事が終わったら買い物をするために途中でスーパーマーケットに立ち寄ってから家に帰り、軽くシャワーを浴びて、昼食を食べる。それから彼女とゲームをする約束があればその準備をして、今日のように遊ぶ約束をしていない日は一人でゲームをしたり、小説を読んだり、気紛れで絵を描いてみたりと、暇を潰す。


 しかし今日はやっておかなければならない事がある。明日から二日、彼女が京都に遊びに来るので、その時の為の調べ物と、着ていく服装選びだ。


 服装に関しては別に彼氏とデートに行ったり、どこかのパーティに行ったりするわけではないので、いつも通りのラフな恰好で良いと言えばその通りなのだが、せっかく彼女が高いお金を掛け、貴重な時間を使って私に会いに来てくれるのだから、私も服装だけでなく化粧もそれなりの気合いを入れて行きたいし、彼女に十二分に満足して貰えるようなおもてなしをしたい。


 前回のオフ会は真冬だったため、常にコートを着ている前提で、中に着ている服はそれに合うような物にしていた。とは言っても、そもそもあまり派手な服は持っていない所為で選択肢が少ないのだが、せっかく春になって服で遊べるようになったのだから、今回は少し思い切ってみようと考えていた。


 昼食を食べて、動画を観ながら少しのんびりした後、部屋のクローゼットと箪笥から着ていく候補の服をベッドの上に重ねていく。


 私はあまりファッションには興味が無い、というよりセンスが無い。中学生の頃の修学旅行か何かで私服を着た際に、友達からそれはダサいと嗤われた記憶がある。今でも思い出すと泣きたくなるしぶん殴ってやりたくもなるのだが、そのお蔭で私はセンスが無いのだと知り、それ以来シンプルな服装、白と黒に近い色の服が増えた。


 彼女たちがおしゃれだったのかどうかは記憶に残っていないが、高校や大学で、恐らくおしゃれだと思われる人たちを見たり、友達に相談してみたりして少しは勉強したのだ。結局おしゃれたる物が何なのかはよく分かっていないままだが、その友達曰く、結局は自分が好きな物を着れば良いとの事だった。


 確かに世間で流行とされている服も、どこがおしゃれなのか分からないどころか、人前で着るには恥ずかしいだろうというような物もある。結局はその人の好みの問題なのだろう。


 好みの服か、とベッドの上に重ねた服を順番に広げながら考える。


 色はどれも黒に近い暗い色か、白に近い淡い色ばかり。前回着た服とそれに似た服を除けてもそれは変わらない。私がこれ良いかも、と手にとって買う物は結局同じような物ばかりになる。


 今回のデートで服を選んでもらうのも良いかもしれない。現実逃避気味にそんな事を想うが、今はそれまでに着ていく服を考えなければならない。


 長く悩んでいると、いっそ明日の朝の私に任せれば良いかと投げ出したくなる。


 はぁ、と溜め息を吐き、服を退けてベッドに腰掛ける。お気に入りのカップにペットボトルの水を注ぎ入れ、一口飲んでカップに埃が入らないように蓋をする。それから机の上に置いてあったメモを取り、鞄から携帯を取り出す。


 暫く悩んで答えが出て来ない時は、一旦置いておくのも一つの手だ。誰かがそれらしい名言を言っていたような気もするし、自分でそうするのが都合が良いからそう言っているだけのような気もするが、何にしても今悩んでも答えが出ない物は、後回しにしてしまう方が良い。


 メモを見ながら、携帯でそこに書かれている食べ物を検索する。確認するのはその食べ物が売っている店の場所と観光に行く場所との距離、それからその店が立ち寄る日に空いているかどうかだ。


 彼女は抹茶が好きらしいので、抹茶は必ず食べに行く予定だ。しかしそれに関しては宇治に行けば平等院付近にいくらでもあるので、調べなくてもその場に行けば何かしら食べる物は見つけられる。


 それ以外に京都らしい食べ物と言えば、わらび餅や八つ橋などの和菓子と、おばんざいや蕎麦などをひっくるめた和食だろう。和菓子に関しては抹茶と同じく、観光地付近を歩いていればそこら中にある筈だ。和食に関しても同じように見つけられるだろうが、店は良く選ばなければ、下手をすると静岡で食べた鰻以上に持っていかれる。


 せっかくの旅行なので、少しくらいは奮発する予定ではあるものの、彼女も恐らくはあまり無理はできない筈だ。


 うんうんと唸りながらいろいろな店を調べていく内に、段々とめんどうになってきて、当日に探せば良いかというような気になってくる。当日に探す事にしたとしても、観光地にはちょっと歩けば食事処があるのだから、何とかなる筈だ。


「まぁいいや」


 携帯を放り出し、服を下敷きにしながらベッドに寝転がる。カーテンを開けたままの窓から西日が差し込んでくる。昼寝をするには丁度良い時間のように思えた。


 服もどれだけ悩んだ所で、明日になったら今日選んだ服を着る気分じゃないかもしれない。食べる所なんて山奥に行く訳でもないのだから、観光地を歩いていればそこら中にある。別にわざわざ今日探す必要なんてない。


 口を開けて、大きく欠伸をする。横を向いて丸くなり、目を瞑ると、意識が徐々に沈んでいくのを感じた。

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