第24話 伊佐名小豆との出会い

 彼女、伊佐名小豆と知り合ったのは今から六年ほど前、私がまだ中学二年生だった時の話だ。


 中学生になって携帯を始めて持った当時の私は、インターネットの怖さをあまりよく分かって居らず、ネットで知り合った友人たちの真似をして、配信をしていた。


 今のようにイラストという自分の代わりとなるアバターを使って配信するのではなく、声だけを使って画面の向こうに居る人たちと喋る物だ。顔を映す事もできたが、さすがにそれは恥ずかしさが勝ってできなかった。


 私が声を使って話し、それに対してネットの友人たちが文字で返してくれる。元々人と話すのが好きだった私は、それがとても新鮮で面白く感じていた。しかしやっている事は学校の友達と殆ど変わらない。ただ相手の顔や本名などを知らないだけで、学校の宿題をしながらだったり、絵を描きながらだったりと、何かをしながら話をする。ただそれだけ。話すメンバーは殆ど同じ。学校でいつも同じ友人たちと集まって喋っているような物だったが、時折、知らない人が入ってきて、いつの間にか常連になっている事もあった。


 その内の一人が彼女だった。ハンドルネームはおはぎ。第一印象は可愛い妹みたいな人だったため、彼女が年上だと知った時には声に出る程驚いたのを覚えている。歌が好きで、私が偶然彼女の好きな歌の話をしていたのを、彼女がたまたま見つけて、来てくれたようだった。


 それから彼女と他の数人がよく配信に来てくれて、先生の愚痴を聞いてもらったり、共通の話題で盛り上がったりしていた。そうすると段々私も配信をするのが楽しくなってきて、気紛れで始めただけだったのに、気が付けば一年以上配信を続けていた。


 しかし高校受験やアルバイトなどで忙しくなり、配信の頻度が減っていくと、常連だった人たちとも話す機会も減っていき、気が付くとアカウントを消してしまっている人も居た。


 そんな中でずっと話し掛けてくれていたのが彼女だった。配信をしていた時ほど会話の数は少ないが、好きなゲームの話だったり、高校の苦労話だったり、高校で始めて出来た彼氏の話なんかもしていた。


 それから暫くして、実家を離れて東京にある専門学校に通っていたある日、彼女から気になっているゲームを一緒にやらないかと誘われた。それは私も気になっていたゲームだったのだが、問題はそれをプレイするためのゲーム機も買わなければならないという事だった。


 彼女も私と同じような状況で、誰かと一緒にできるなら買おうと考えていたようで、私が誘いに乗ると、その一週間後にはゲームを買ったという報告が来た。まさかそんなに早く買うとは思っていなかった私は、慌てて両親に許可を貰い、貯めていたお小遣いを使ってゲーム機とソフトを購入し、彼女に連絡した。


 いつやろうか、と話していた時、彼女から電話をしても良いかと訊かれ、驚き戸惑いながらも大丈夫だと答えると、彼女から電話が掛かってくる。


 私は数年前とは言え、配信をしていたので声も知られていて、恐らく性別もバレているという状態だったが、彼女は私と仲良くしてくれていた人の中では珍しく、配信をした事が無かったため、彼女の声を聞いた事が無かった。当然自撮り写真も見た事は無く、彼女と言いながら、彼女から女性だと聞いただけで、本当の性別も分からない状態だった。


 そんな彼女からの電話に応えるのに、緊張しないわけが無かった。電話のコールが鳴る中、煩い心臓の鼓動を感じながら深呼吸をして、覚悟を決める。


「はい」

『もしもし、てんじくちゃん?』


 私のハンドルネームを呼ぶその声は、女性と言われれば女性だが、男性と言われればそれで納得してしまうような、柔らかい中性的な声をしていた。


「えっと、おはぎさん?」

『うん。ごめん、めっちゃ緊張してるわ』


 あはは、と笑う声が少し遠くに聞こえた。気まずい沈黙があり、その場凌ぎの話題として、ゲームの予定を立てる。そうすると、緊張は徐々に解れ、相手が年上だという事も忘れて普通に話せるようになっていった。


 そして約束していた日にゲームをして、終わったら次にゲームをして遊ぶ日はどうするのかを話して、また遊ぶ。それを繰り返していくうちに、もう遊ぶ曜日を決めてしまおうという事になり、それから毎週日曜日の夜、二、三時間程度遊ぶようになった。


 ゲームをしながら彼女について色々な事を知った。好きな食べ物やお気に入りの化粧品、普段はどんな服を着ているだとか、どんな髪型をしているのか、それから彼女の身長が自分よりも低い事、それとは逆に胸が大きい事、普通の友達には訊かないような事も訊いていると、不思議と付き合いの長いどの友達よりも彼女の事の方がよく分かるようになっていた。


 季節が流れ、やっていたゲームに飽きて、雑談をしながら一緒に絵を描いていた時の事だった。彼女が画面の端の方に文字を書き始めて、何かと思って見ていると、『伊佐名小豆』という五つの漢字が並べられたが、私は初め、それを名前だとは思わなかった。すると彼女はそこに読み仮名を付け加えて言った。


『これ私の本名ね』

「えっ?」


 本当に突然の事だった。


『いや、私の事名前で呼んでもらおうと思って』


 それから彼女は『てんじくちゃんは別に無理に教えてくれんでもええからね?』と付け加えたが、やはり一方的に知っているというのは気持ちが悪かったため、彼女が書いた名前の横に、自らの本名を書いた。


「あ、小豆ちゃんも私の事名前で呼んで」

『まさかのちゃん付け』

「あっ、ごめん」

『いや、全然ええよ。えっと……梢ちゃん……の呼びやすい呼び方で呼んでくれたら。そっちはこう呼んで欲しい、みたいなのある?』

「じゃあ……小豆ちゃんも呼びやすい呼び方で呼んでくれたら……」

『おっけー。というか梢って名前ええなぁ』


 そんな風に、あっさりと彼女の本名を知る事になり、それ以降、お互いの事は名前で呼び合うようになった。


 名前で呼ばれると、何故か壁が一つ無くなったような、そんな不思議な感覚になった。別に仲の良さは変わらない。やっている事もいつもと何も変わらない。けれども、彼女を少し身近に感じるようになった。


 彼女とも仲良くなり、学校生活も忙しいながらも順調で、何もかも上手く行っているように感じていたが、二十歳の誕生日を迎える少し前。夏休みに入ってすぐの事だった。


『好きな人ができたから、別れよう』


 高校から付き合っていた彼から電話でそう告げられた。


「は? 何、いきなり」


 思わず語気が強くなった。意味が分からず、彼に問い質してみると、彼は同じ職場で働いている女性と半年程前から付き合っていたようだった。ふざけるな、と怒鳴ってやりたかったが、涙が次から次へと溢れて、声も出なかった。


 謝罪の言葉を最後に電話が切れ、彼との関係も切れてしまった。


 そのショックに耐えられず、体調を崩してしまった私に、彼女は慰めるつもりなのかなんなのか、ほんの少し前に自分も彼氏に振られたのだと言ってきた。慰めとしては微妙だったが、気持ちを入れ替えるには充分なニュースだった。


 彼女の話を聞き、共感しながら自分の話をして、お互いに慰め合っているうちに、憂鬱な気分は吹き飛び、いつの間にか普段通りの雑談になっていた。


 たこ焼きが食べたいだとか、たい焼きが食べたいだとか、そんな事を彼女が言い始め、脱線に脱線を重ねて京都旅行に行きたいなんて話になり、想像を膨らませていて、ふと思った事を口にした。


「小豆ちゃんに会いたいなぁ……なんて」

『オフ会でもする?』


 冗談半分に言った言葉に、彼女も乗ってくる。


「二人だけで?」

『そらそうやろ。他にどこから連れてくるん?』

「弟とか」

『気まずすぎるやろ』


 まさかこの話が実現する事になるとは全く思っていなかった。

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