第23話 ちょっと久しぶり

 オフ会も無事に終わり、年も明け、私たちはいつも通りの日常に戻っていた。


 コンコンコン、と職員室の扉をノックして、返事を待たずに扉を開けて中に入ると、ちょうど着替えを終えた先輩の姿があった。


「おはようございます」

「おはようございます。それと、明けましておめでとう」

「あぁ、明けましておめでとうございます」


 一つ上の先輩である吉岡さんと挨拶を交わし、年越しの話をしながら入れ違いで部屋の隅にあるカーテンで仕切られたロッカールームで仕事用の服装に着替える。その後手分けして子どもたちを迎える準備をする。


 部屋の換気や掃除、道具の点検などをして、開園時間になると他の先生や保護者の方々に連れられて子どもたちがばらばらとやってくる。教室の中が少しずつ騒がしくなっていき、穏やかな時間の終わりが訪れる。


 そこからは子どもたちが危険な目に遭わないように見守りながら過ごし、九時半頃、出欠確認をして、今日の予定をざっくりと説明され、先輩が計画した遊びをみんなで遊ぶ。私は基本的に先輩方の補助係で、メインで動く事は無いものの、それなりに忙しい。


 子どもたちの遊びや学習を見守り、時には喧嘩の仲裁をして、昼になれば子どもたちを寝かしつけ、そこで私の仕事は終わりとなる。午後から入る事もあれば、朝、今日より少し遅めに来て一日居る事もあるが、今日は午前だけの日だ。


 先輩方に挨拶をして、保育園を後にする。家に帰る途中、夕飯の買い物をして、寄り道をせずさっさと帰宅する。


 家には母が居て、玄関の扉を開けるとリビングからわざわざ顔を出し、出迎えてくれる。


「おかえり」

「ただいまぁ。はい、これ」

「ありがとう」


 靴を脱ぎながら買い物袋を母に渡す。靴を壁際に揃え、母の後を追う。


「今日ゲームするんやんな?」

「うん」

「お昼は豚丼でええか?」

「うん。別にええよ」


 買った食材や洗剤を片付け、自室に戻ってコートを脱ぎ、荷物を片付ける。充電の少ない携帯に充電器を差し、洗濯物を洗面所の洗濯籠に入れてリビングに戻る。


「久しぶりの仕事はどうやった?」

「まぁ、普通かな」


 冷たい返事のように思えるが、それ以外に言いようが無かった。休み明けで少し憂鬱な気分ではあったが、始まってしまえば不安など感じる間も無く次から次へとやる事が出てくる上に、子どもたちの元気な姿を見て、その相手をしていると、いつの間にか憂鬱な気分など吹き飛んでいく。


 出来上がった豚丼を居間で食べ、さっさと片付けて自室に戻る。

時間は十三時四十分。あと二十分で約束している時間になってしまう。


 パソコンを起動し、パスワードを入力する。それからゲームをしている途中で水分補給をするためのコップを持って来ておく。そしていつも通りやるであろうゲームを起動し、彼女から連絡が来るまでの間、少しだけストーリーを進めておく。


 十四時になり、それから五分が経っても連絡は来ない。こうして彼女が遅れる時は大抵仕事をしているのだと思っているが、実際の所どうなのかは訊いた事が無いので分からない。


 気になる事ではあるが、たった数分遅れた時間に何をしていたのか、わざわざ訊ねるのも鬱陶しがられてしまうのではないかと思うと、訊きたくても訊けなかった。


 少しして、彼女から着信があり、応答すると書かれたところをクリックする。


「どうもー」

『どうもー。おまたせ』


 透き通るような優しい声がヘッドホンから聞こえてくる。


「久々やね」

『そう……かも? 一週間振りくらい?』

「うん。梢ちゃんは元気にしとった?」

『うん。全然元気』


 話しながらゲーム内で彼女と合流し、いつものように協力してクエストを消化する。


 今やっているゲームは四年ほど前にサービスが始まったゲームで、今もストーリーが更新されている人気のゲームではあるのだが、協力してできる事というのが存外少なく、寄り道をせずに三十分も遊べばできる事の殆どが終わってしまう。素材集めをしたりフィールドに隠れている宝箱を探したりと、できる事はあるにはあるが、あまり協力してやる物ではないため、適当にフィールドを散策しながら次にやるゲームを考える。


「何かやりたいゲームある?」

『うーん……』


 彼女とはこうして一週間に一度、通話を繋いで一緒にゲームをしたり話をしたりしている。いつからそうなったのかはもう覚えていないが、もう二年以上はこうして遊んでいるため、遊ぶゲームも段々と無くなってきていた。


 もちろんゲームは探せばいくらでも出てくるし、既に持っているゲームの中にもクリアしていない物もあれば、やり込んでいない物もあるので、遊ぶゲーム自体はあるのだが、問題はそのゲームを遊ぶ気分かどうかだ。いくらゲームを持っていても、気分でなければ縦令始めたとしてもすぐに飽きて辞めてしまう。


『どうしようかなぁ』


 彼女も特にこれと言って気分の物は無いようで、悩む事五分。とりあえずまだクリアしていないゲームをクリアしようという事になった。


『そういえばさ、次のオフ会どうする?』


 ゲームの起動を待っていると、彼女がそんな事を言い出した。


「気が早くない?」

『いや、どうせ小豆ちゃんは仕事忙しくてあんまり時間取れないでしょ? じゃあもう早めに計画しといても良くない?』

「まぁ、それはそうね」


 彼女はフリーのイラストレーターとして活動しているため、自分が休もうと思えば休みを作れるが、私はそれほど自由には休みを貰えない。とは言え保育士にも有給休暇という物は存在しているので、よっぽど忙しくて人手が欲しい時期でない限りは休もうと思えば休むことができる。


『因みに、オフ会は来てくれる?』

「私が行かな梢ちゃん一人になるで?」

『それはそうだけど。そうじゃなくて、……また会いたいって言ったら会ってくれる?』

「それはもちろん。私も梢ちゃんにまた会いたいし」

『じゃあオフ会はするって事で』

 彼女の声が分かりやすく高くなった。頬を緩ませていると、一つ疑問が浮かんだ。

「ええけど、次は梢ちゃんがこっち来るんやろ? お金は大丈夫なん?」


 前回のオフ会で私が彼女の実家がある静岡まで行った理由として大きかったのは、彼女のお金が無かったからだった。彼女は学生の頃からイラストレーターとして活動していて、たまに依頼を貰ってはいたらしいが、会社員や保育士として働くよりも遥かに収入は少ないようだった。その時に比べると、今は休んでいられないくらいには依頼が舞い込んできており、それなりに安定してきているようだが、設定している金額が安いのもあり、一人暮らしをしていると、なかなか贅沢もできず大変そうにしている。


 それもあって夕飯を奢ったり入園費をしれっと払ったりしていたのだが、彼女は大丈夫だ、とはっきりと言った。


『実は臨時収入がありまして』

「何? お年玉貰ったん?」

『そう! なんか二十歳のお祝いにって』

「なるほどね」

『それ使ったら充分旅行に使えるから』

「もし無理そうならまた私が行こうかなぁとは思ってたけど」

『大丈夫。次は絶対京都に行くって決めてたし』

「そうなんや」


 どうやら彼女は譲るつもりが無いらしい。心配ではあるが、彼女自身が大丈夫だと言っているのだからそうなのだろう。もし当日になってダメそうならこちらで何とかすれば良い。


「じゃあいつ来る? 私は割といつでも大丈夫やけど」

『そうなの? 春休みシーズンじゃないと、みたいな事言ってなかった?』

「うん。有給の事忘れてたわ」

『なるほどね。それっていつでも取れるの?』

「多分。相当忙しい時期じゃない限りは大丈夫やと思う。一応訊いてみるけど」

『うん。お願い』


 それからゲームをやりながら、彼女が行きたいと行った場所や食べたい物などをメモに取り、次のオフ会の計画を立て始めた。

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